2004/09/14 (火) 00:20:03 ◆ ▼ ◇ [mirai]一学期の期末試験が終わり、明日からはしばらく試験休みという、生徒たちが
解放された時間。
掃除区域に行っていた安美さんが、バタバタと教室に帰ってきて興奮気味に
言った。
「黄薔薇さまから、サインもらってきちゃった!」
「えーっ」
教室に残っていたクラスメイトたちが、安美さんを取り囲んだ。図書館に行
こうと廊下に出かかっていたみきも、あわてて引き返した。
安美さんの真新しいサイン帳の一ページ目には、黄薔薇さまのフルネームと
日付と座右の銘のような言葉が堂々とした文字で書かれている。
「勇気を振り絞って教室を訪ねてね、サインください、って言ったら、ちょっ
とビックリしていたけれど、快くサインをしてくださったのよ」
安美さんの言うことには、卒業間近の先輩に記念のサインをお願いしても、
人気者だと競争率が高くなるし、登校しない日も多くなるのでもらえない可能
性も高くなる。運良くサインをもらえたとしても、急いで大量に捌くから走り
書きで名前だけ、がいいところだ、と。その点、今ならライバルはいないし、
面白がっていろいろと書いてくれるだろうと踏んで、本日決行したらしい。断
られたとしても、明日から試験休み。黄薔薇さまだって、そんな一年生の顔は
忘れてしまうだろう、というわけだ。
「で、見事ゲット」
安美さんは、得意げにピースサインをして見せた。
「いいなぁ。私も、お願いしようかしら」
クラスメイトたちの羨望のまなざしの中、みきは「ちょっと」と安美さんの
腕をとって教室の隅に連れていった。
「安美さん、あの、さーこさまは……」
サインをもらうなら、まず一ページ目はさーこさまであって然るべき。
「さーこさま? ああ、さーこさまは近寄りがたくって。以前から黄薔薇さま
もいいな、と思っていたんだけれど。これでぐーんと黄薔薇さまの好感度アッ
プ」
「そういうものなの?」
「そういうもの、よ。所詮、我らは十把一絡げの一ファン。ファンの強みは
ね、いつでも別のスターに鞍替えできるという点なの。姉妹だとそうはいかな
いわ」
「そうなんだ……」
「あれ、何、がっかりした顔をして」
「がっかり、って」
「大丈夫よ。みきさんと私はお友達。飽きたらポイ、なんてあり得ないわ」
「ええ」
「どこ行くの? 一緒に帰りましょうよ」
「ごめん、図書館行くから。先帰って」
みきは、手提げだけ持って教室を出た。
「みきさん、ってば。待っててあげるよ」
安美さんが呼び止めたけれど、振り返りたくはなかった。