2000/12/01 (金) 03:28:24 ◆ ▼ ◇ [mirai]「果てしなく青い、この空の下で...」SS
-男達の憂鬱-
作:鷹取兵馬 (C)TOPCAT 2000
「また…こうなったか…」
見上げると青空が広がっていた。地は一面白く染まっている。
風は思いの外、優しかった。
目の前には古びた井戸がひっそりと鎮座していた。
片膝に手をついて立ち上がり、ダークスーツに積もった雪を手で払い落とすと
重い足取りでゆっくりと歩き出す。
黒い巨躯が、真っ白な雪原の中に異質な物体として映えていた。
「ふぁ~~……」
都会での一仕事を終えて実家に帰ってきていた宗介が、畳の上で横になりながら
本を読んでいた。
つけっぱなしのテレビは華やかなコマーシャルを流し続け、宗介の目は時折本から
離れてチラチラとそちらを見ていた。
テーブルの上に置かれたコーヒーカップに手が伸びる。
その横に置かれた皿の上には半分ほどかじられたパンが載っていた。
息子が見たらどう思うだろうか? 呆れてため息をつきながら自室へ向かうだろうか。
今の所、その心配は無い。正士は教室にてしっかり勉強──彼は男親よりも女親に
似ていて勤勉な所があった──しているだろうし、母親が何年かぶりにこの家に帰って
くるのは明日の事だから。
居候をしている雨音も、学校から帰って来るまでには随分時間がある。
だからこそ宗介は、今のこの『大切な一人の時間』を精一杯満喫していた。
カラカラと玄関の引き戸が開く音が聞こえてきた。
この時間にこの家を訪れるのは、郵便配達人ぐらいだろう。
「判子は玄関に置いてあるのを使ってくれ」
宗介は視線をテレビから本へと移しながらそう言った。
彼が今読んでいる本は、戦後の日本に関するミステリー物だった。
次の著作物の題材になりえるかどうか値踏みしつつ、彼の視線は紙の上をなぞっていく。
冬だというのに今日は妙に暖かい。暖房器具のスイッチは入っていなかった。
ふすまも開け放たれたままにし、空気が部屋にこもらないようにしている。
こうしてだらだらと本を読むにはうってつけの環境だった。
──おかげで今日中にこの本を読みきれそうだ。
一冊の本を読破するのに長い時間をかける訳にはいかなかった。
まだ、自分の知らない、自分の興味をそそる出来事がこの世のどこかに紛れて
いるかもしれない。
それを見つける為には、少しでも気になったタイトルの本を片っ端から読破して
いくしかない。
一見して読みづらそうな難解な物でも、その数百ページの中の一行がアイデアに
繋がる時がある事を宗介はよく知っていた。
そういう言い方をすれば、このだらけた態度も立派に仕事をしていると言えるだろう。
「戦後の状態からよくここまで持ち直したもんだ」
本を読みながら宗介は小さくつぶやいていた。
日本は紛れもなく占領された土地と化していた。
米軍が日本を一つの国として認めたのは、聡明な考え方であり、賢明だったろう。
もし、この本に載っている様に、この島を他の五カ国近い数の国の土地として分割
していたならば、間違いなくこの土地の人間はそれに反発した事だろう。
各国で活動しているテロリスト達の様に人が人を憎み、殺し合い、土地から
出て行けと言い続け、それを武力が押さえつけ、それにテロという報酬が払われる。
血は血を呼び、屍肉を求める人が集まる。ただ単に人を殺したいという人外の生物
までも呼び寄せることとなるだろう。
おそらく今でも戦争は続いている事だろう。こんなのどかな時間は無いはずだ。