香港の空手映画が流行したころ、毎日、校舎の壁に向かって「アチョー、 アチョー」とヌンチャクを振り回す少年がいた。 その何年か前に柔道ドラマがはやった時は、鉄ゲタで校内をあるき回った。 「自分を強い者や英雄に重ねたがる」という評判が、職員室にあった。 小学生の時は、人形劇をまねた「サンダーバードごっこ」に熱中した。 自分が隊長になった。紙で作ったタスキと帽子を同級生につけさせ、 「1号」「2号」……と呼んで従えた。気に入った「隊員」にはキャラメルに 付いているおまけを与えた。中身は自分が食べた。 のちに「麻原彰晃」と名乗る松本智津夫は、熊本県八代市の田園地帯で、 畳職人の四男に生まれた。視力が弱く、学齢になると熊本市の県立盲学校に 入学した。全盲の生徒が多い中で、勉強も運動も目だった。体格も良かった。 全寮制の盲学校に在学した十四年間、智津夫は同級生や下級生に君臨する。