2001/09/21 (金) 05:35:24 ◆ ▼ ◇ [mirai]おれが完成を宣言したのは書き始めてから20分くらい経ってからだったろう。
人を絵描きに誘った割にはおれに絵心があるわけでもなく、
せいぜい長い髪と頭の両側に付けたリボンらしき物体によって、
実物とよーく見比べたらモデルが誰だか分かる程度の代物だった。
「あうーーっ。早すぎー」
「なんだ、まだ描けてないのか。時間をかけたところで下手は下手だぞ」
「祐一、描き終わったならじっとしてて」
真琴はからかいの言葉にも反応せずに一生懸命に描いては直し、
描いては直しとやっていた。
そんなマンガとイタズラ以外に真剣になっている様を見て、
ほとんど意外、少し感心した。
「男前に書いてくれよな」
「真琴は見たまましか描けないの」
「そりゃどういう意味だ」
「そのままの意味」
スケッチブックとおれの顔とを代わり代わりににらめっこしては、
ちまちまと鉛筆を走らせる真琴。
こいつ、こんな顔もできるんだな。いつも小憎らしい顔ばかりしてるのに。
理想的なモデルとなるべく、瞬き一つしないようにしながら、
おれはそんなことを考えていた。
「できたっ」
「うぉっ?」
いつの間にか閉じ加減だったおれの目は、
真琴の大声で目いっぱい開かれた。
「おっ、できたのか」
「うん。真琴の絵の素晴らしさのあまりに気絶しないでよ」
「誰がするか。んじゃ見せっこだ」
おれと真琴は床に伏せた絵を同時に表にめくった。
「わ、なにこれっ」
「むむむ」
おれが想像していたよりも真琴の絵は上手かった。
まあ、手放しで上手いと褒められるほどに上手くはない。
顔のパーツのバランスはおかしいし、なんだかやけにマンガチックだった。
しかもどこかで見たような・・・
けれど、描いたり消したりしてある線の束から浮かび上がっているのは確かにおれの顔だった。
唯一の、あたしの道しるべだから。ふと真琴の言葉を思い出した。
「祐一ヘタすぎっ。こんなの真琴じゃない!」
「お前の絵こそなんだ、マンガみたいじゃないか」
「その絵に比べたら天と地の差よっ」
「そっちが地か」
「違うわようっ。祐一の絵なんて誰が見ても子供の落書じゃないっ」
「最近はこういう絵が受けるんだ」
「もういいっ、秋子さんにきいてくるっ」
そう言って2枚の絵を引っ掴むと真琴は部屋から出て行った。
素直に負けを認めたくなくて売り言葉に買い言葉をしてしまったが、
あの絵を秋子さんや名雪に見られるのは勘弁だった。
おれは慌てて真琴の後を追った。
「真琴ちゃん(1秒)」
「驚いたよ。絵が上手だね」
遅かった。
「それに比べて祐一の絵は下手すぎだよ」
「ぐぉ。言うな」
「そうねえ、もうちょっと真琴ちゃんらしく描けてたらねえ」
「ほうら、やっぱり真琴の勝ちっ。秋子さん、記念に額に入れて飾りたい」
「調子に乗るな」
「あら、それもいいかも知れないわね。せっかく良く描けているのだし」
「秋子さん・・・。くそっ、名雪それをちょっと貸せっ」
おれは名雪から自分の絵をひったくった。
「仕上げに名前を入れてやる。殺・村・凶・子と。これで完成だ!」
悔し紛れにおれはでかでかとそう書いてやった。
「あーっ。ひどいっ。そっちがその気ならこっちだって!」
「うぉ、何てことを」
「また喧嘩してるよ・・・」
「喧嘩するほど仲が良いというのよ」
その時に描いた絵は水瀬家の押入れの中に仕舞ってある。
あの後おれは一度だけ自分の絵を取り出して、
少しだけ真琴の頭の部分に描き加えた。
実は額も既に買ってあったりする。
まだ飾れそうもない。
思い出が思い出として見れるようになったら、
あいつの願いを叶えてやりたいと思う。
額の中にはおれのヘタクソな落書きの隣に、
『バカ祐一』と書きなぐってあるマンガみたいな真琴の絵。
まるで子供みたいな絵だけれど、
子供みたいに不器用だったおれたちには似合いじゃないだろうか。