2001/09/21 (金) 05:35:50        [mirai]
とある日曜日、あまりに暇を持て余したおれは、 
美術の授業で使った余りのスケッチブックと鉛筆を持って 
真琴の部屋を訪れた。 

例によって部屋の中はマンガ本と肉まんの包み紙が散乱していた。 
男のおれの部屋より汚いのは問題じゃないだろうか。 
毎日掃除をしてくれている秋子さんに感謝すべきだろう。 
真琴のやつはそんな中で、のうのうと肉まんを頬張りつつマンガに耽っていた。 
肉まんとマンガがあれば幸せというのは羨ましいかも知れない。 

と、こうしておれが真ん前で沈思黙考してみせても、 
案の定真琴は気付いてくれなかった。 
おれは手首のスナップを利かせてスケッチブックを真琴の頭にヒットさせた。 

「わ、いたいっ!」 
「どうだ、目が覚めたか?」 
「祐一っ!いつの間に真琴の部屋に入ったの?」 
「結構前に」 
「あれほど勝手に入らないでっていったのにっ」 
「こんなに散らかった部屋を人に見せたくない気分は分かるな」 
「違うっ。真琴は片付けるつもりはあるけど色々忙しくてできないのよっ」 
「マンガとかマンガとかマンガとかにか」 
「あぅ」 
「よし、お前もマンガに人生を賭けるつもりなら絵の一つも描けなきゃならん」 
「漫画家になれっていってるの?」 
「そうだ。売れっ子漫画家になれば肉まんも食べ放題だぞ」 
「そんなに簡単になれる?」 
「大丈夫だ。お前には才能がある。おれが見込んだんだ間違いない」 
「あぅ。嘘くさい・・・」 
「とにかく今日はスケッチの練習だ!」スケッチブックから1枚破り、残りを鉛筆をいっしょに真琴に渡してやった。 
破った紙は適当な大きさのマンガ雑誌を下敷きにしておれが使うことにした。 

「そうだな、りんごなんて描いても面白くないし」 

部屋を見回すと、スケッチブックを抱え持って手持ち無沙汰にしている真琴の顔が目に入った。これだ。 

「人物画だ」 
「人物画?」 
「おれが真琴を描いて、お前がおれを描く」 
「ふーん。ちょっと面白そう」 
「だろ。それと、出来上がるまで相手の絵は見ないこと。後のお楽しみってやつだ」 
「わかった」 

やや間を空けて、おれと真琴が向かい合わせで座った。 
いつもはだらしなく寝そべった姿しか見たことがなかったが、 
今は女の子座りなどをいっちょ前にしていた。 

「よーし、ぴくりとも動くなよ。おれが一大傑作を描いてやる」 
「あぅ。真琴も描くんだから無理」 

当り前だ。鉛筆を動かす時はどうしても視線と頭が紙の方にいってしまう。 
それよりももっと問題があった。 

「おい、何でおれを睨んでるんだ?」 
「祐一こそ真琴の顔をじろじろ見ないでよ」 

これまた当り前のことだが、相手の顔を見なければ描けない。 
別に肖像画である必要はなく、絵を描いている姿を描いてもいい。 
しかし二人とも音楽室に飾ってあるような、 
胸から上の正面向いた肖像画をイメージしていたようだった。 
その結果、こうしてしばしば睨み合いをすることとなった。 
傍から見れば間抜けな光景だったろう。 
絵描きの鉄人モードに入ったおれと真琴はそんなことも気にせず、 
ぶつくさ言いながらもせっせと絵を描いた。 
「うっし。できたぞ!」