2002/01/26 (土) 07:39:00 ◆ ▼ ◇ [mirai]「ん?待て待て、中村。」
辰造の屋敷を出た諸岡と主水だったが、諸岡はすぐに足を止めた。
「お前どうして、俺のいる場所がわかったんだ?」
そう言って主水の方を振り向く。
月の明るい夜ではあったが、向こうを向いているため、主水の表情を伺うことはできない。
「さ、どうしてですかな。」
諸岡の表情が強張る。
「貴様・・・まさか・・・」
「そう・・・」
主水は、諸岡の方を向き直った。
「あんたの思った通りだよ諸岡さん。」
そう言った主水の顔は、もはや「昼行灯」のそれではなかった。
一瞬、呆けたように主水の顔を見ていた諸岡だったが、やがてその唇が歪むと、
「貴様ぁっ!」
抜き打ちで主水に斬りかかった。
諸岡の脇をすり抜け、それをかわす。
振り向きざまに主水も抜刀した。
踏み込もうとしていた諸岡の足が止まった。
そして二人は構えをとる。
静かな表情で正眼に構えをとる主水に対し、諸岡は殺気剥き出しで上段に振りかぶっている。
この時点で既に勝負は決まっていた。
上段に構えて繰り出される攻撃は、面への斬撃以外にありえない。
相手にわざわざ攻撃を予告するのは、愚の骨頂である。
命のやりとりをする果し合いなら尚更のこと。
そして。
対峙した二人の間に動きがあった時、勝負は決した。
主水は諸岡の攻撃の起こりを見逃さず、振り下ろされる刀の横を抜けると同時に胴を薙いだ。
間髪入れず、後ろから背中を袈裟斬りにする。
諸岡は、ぎゃあ、という悲鳴と共に、背中から近くの塀にもたれかかった。
すかさず、袈裟斬りに刀を打ち下ろす主水。
諸岡の体はびくびくと痙攣を始め、血飛沫が辺りに飛び散った。
しかし主水の手はまだ止まらなかった。
ゆっくりと腰から崩れ落ちようとする諸岡の腹に、勢いよく刀を突き立てたのである。
まさにメッタ斬りである。
それまでの主水の思いを、全てぶつけるかのようであった。
諸岡の腹から刀を抜き、血を振り払うと、主水は諸岡の襟首を掴んで辰造の屋敷の戸へと放り投げた。
戸にぶつかると同時に諸岡の屍に蹴りを入れる。
勢いよく戸が外れ、血まみれの屍は屋敷の中に叩きこまれた。
異変を察知した下男達が、一斉に諸岡に駆け寄る。
一瞬遅れて、ぬうっ、と一つの影が屋敷に入ってきた。
それは、先ほど諸岡を連れて番屋へ向かっていったはずの、昼行灯呼ばわりされている冴えない小役人、のはずだった。
だが今そこにいるのは、どう見ても、凄まじい気迫をみなぎらせている凄腕の仕置人である。
異変を察知した辰造と吉蔵も、奥から玄関へと飛び出してきた。
その主水の姿に、思わず息を呑む吉蔵。
「・・・お前ェが三人目の仕置人か。」
辰造は呟いた。
その返答だと言わんばかりに、主水は下男の一人を斬って捨てた。
一瞬遅れて他の下男も、懐から匕首を抜いて主水に挑みかかった。
その一人を斬る。
と同時に、背後から別の一人が主水に切りかかってくる。
振り向きざまに匕首を持ったその腕を刀で串刺しにすると、すかさず脇差を抜き、それを腹に突き立てた。
三人を斬り伏せるまでに要した時間、ものの十秒足らず。
その間に吉蔵は一人玄関から外に逃げ、辰造と残りの下男は、屋敷の奥へと消えていった。
斬り捨てた下男の羽織の裾で刀についた血脂を拭うと、そのまま屋敷へと踏み込んでいく。
逃げた吉蔵は「奴」が必ず仕留める。
主水はそう確信していた。