>  2002/02/27 (水) 20:40:59        [mirai]
> やっぱプロクシですよね

(無題) 投稿者:小熊のミーシャ  投稿日:02月23日(水)11時16分13秒   

 パソコンを買ったんだけど、インターネットの仕方がわからないん
だ……、大学の教室で真理子が友達にそう話しているのを則男は聞き
逃さなかった。クラスで一番の美人と言われ、同じクラスの男たちの
大部分があこがれている真理子、だが、誰一人として真理子を陥落せ
しめることには成功していなかった。実家のある熊本に恋人を残して
きているのだとか、お嬢様育ちで厳しく躾られているのだとか、みん
なが勝手な想像をしていた。中には荒唐無稽としか言いようのない噂
もあったが、清潔でセンスのいい服を着て、爽やかな笑顔を浮かべる
真理子を見ているとそれも強ち外れていないんじゃないか、と誰もを
そういう気にさせた。
 ルックスに絶大の不安を持つ則男も真理子に憧れている一人だった。
以前、今時旧98を買うほどの勇気を出して、デートに誘ったことも
あった(実際のところ、則男がボソボソしゃべるので、真理子には何
の話かちっとも伝わっていなかった)のだが、ごめんなさいの一言で
あっさり退けられていた。それでも、真理子への思いは募った。自分
の手の届かぬ存在なのだ、そう思えば思うほど、真理子が則男の心を
占めていった。則男にとって真理子と出会ってからの3年間は、毎晩、
真理子の名前をうわごとのようにうめきながら不潔な液体を放出し続
ける3年間だった。
 その真理子に近づくチャンスが遂にやってきたのだ、則男は勝手に
そう思いこんだ。そしてその顔と同じくらい歪んだ性格を存分に発揮
して、真理子にぼそぼそと言った。
「それなら、ぼ、ぼくが設定してあげるよ。ぼ、僕はコンピューター
には詳しいんだ」
突然、薄汚い男に話に割り込まれた真理子たちは困惑した。真理子の
友達が必死のフォロウをする。
「いいよ、私たちで何とかするから。ね、真理子」
うん、真理子がぎこちない笑顔を浮かべてうなづく。誰がどうみても
則男は歓迎されていない客だった。だが、本人だけが気づかない。則
男は真理子たちが遠慮をしているんだと信じていた。そして、脂ぎっ
た顔にマラソンでもしてきたのかと思うくらいの汗を噴き出させて、
臭い息を吐きながら、妙に饒舌に、必死に主張した。
「だ、だめだよ。初心者には無理だよ。ゲ、ゲイツのさ、えっと、ウ
ィンドウズは不安定だよ。そもそもさ、プ、プロキシの設定とかでき
るの?プ、プロキシがないと危ないよ。ウィルスがさ、やってくるん
だよ。うんと、えっとノートン何とかってあってさ、コンピューター
ウィルスから守るんだ。えっと、IPって知ってる?これ抜かれると
大変なんだよ。だからプ、プロキシなんだよ。大変なんだよ」
 さっぱりダメだった。真理子たちには何の話をしているのかさえ、
わからなかった。その上、「プロキシ」で3回も、どもってしまった。
則男はそれでも上手くやった、と思っていた。そのせいで顔に浮かん
だ薄ら笑いが不気味さを増幅していた。
「笹田君、気持ちはうれしいんだけど、多分、大丈夫だと……」
「え、エリョしちゃダメよ!ダイジョブじゃないよ!」
興奮のあまり、外人がしゃべる日本語みたいになってしまった。おま
けに大声だった。ニキビだらけの不潔としか言いようのない顔面を汗
一杯にし、手をバタバタと動かしながら何事かをわめき続ける姿は周
囲の蔑みの的だった。真理子たちは周囲の嘲笑をあびながら、こんな
災厄に見舞われた己の運命を呪った。
「プロキシが危ないんだよ!真理子ちゃ、ごめん、み、み、宮本さん
はプロキシの怖さをわかってないよ!プロキシは恐ろしいよ……!」
なぜかプロキシが恐ろしいことになってしまった。そんなことにも一
寸も気づくことなく、則男の演説は続いた。午後の大教室に魔王の薄
気味悪い声が木霊した……。

参考:2002/02/27(水)20時37分16秒