> 2002/03/21 (木) 04:21:13 ◆ ▼ ◇ [mirai]> > 今回の話をご都合主義的だといえばまさしくそうなのだけれど、元々『シュガー』は自
> > 覚して古典に乗っ取った作りをしているのでそのように批判することは何をいまら、と一
> > 蹴されるべきものだろう。むしろ今までそのような古典に乗っ取ったが故の批判を受けて
> > きたからこそ作品のクライマックスでの今まで以上の古典的手法が許容されたのだとも言
> > える。
> > つまり僕は今回の話それ自体には理解を示しているのだけれど、ただ気になったのは「ミ
> > ューレンブルクの小さな奇跡」というサブタイトルを冠する必要があったのかということ
> > だ。
> > 作品の内では、今回描かれたことはおそらく奇跡として扱われていないだろうし、もち
> > ろん製作スタッフも奇跡として扱われるように作ってはいないだろう。とすれば作品の内
> > で描かれたことを奇跡と呼ぶことができるのは作品外にある私たちだけであり、サブタイ
> > トルの「ミューレンブルクの小さな奇跡」とは私たちの、作品に対して差し向けられた評
> > 価に他ならない。『シュガー』が古典志向として了解され、またその了解を得ようと作り
> > 上げてきたのならば、サブタイトルで“奇跡”の名を以って了解の確認をとろうとするこ
> > とは蛇足であるばかりか、今まで『シュガー』の内で作り上げてきたものを否定しようと
> > する行為ですらあるのではないか。
> > 『シュガー』のサブタイトルを見返してみると、サブタイトルにおいて作品の外から作
> > 品を語るのは1話と今回の23話だけだ。そして1話の「サガ、シュガーと出会う」が客
> > 観的な事実を示しているだけであるのに対し、23話は先述したように私たちの評価であ
> > る。『シュガー』において重要な役割を果たしている音楽の韻律を考えて最終話に冠され
> > たものであるのならば理解もできるのだが、このようなサブタイトルが今回当てられたこ
> > とは、僕には全くの失敗であったと思えてしょうがないのだ。
> URAもな
http://yurichan.nerv.org/
参考:2002/03/21(木)04時15分28秒