2002/03/28 (木) 13:01:57        [mirai]
一筆啓上業苦が見えた

脚本安倍徹郎 監督工藤栄一

役所の当番で、悪党弥蔵(汐路章)の首をはねる主水。  
大勢の悪党を斬り殺してきた主水も、
刀の研ぎ料二分で仰せつかった首斬り役には苦い顔であった。
しかもその金も早速、せんとりつに巻き上げられてしまう。
一方、病弱な息子を荒行で殺されたと、泣き叫ぶ油屋のお内儀。
おこうが早速そこでセールスを展開、
その修行僧全覚(佐藤慶)を仕置に掛けるという話を仕置屋一党に持ってくる。

人間としての欲望を捨てて、厳しい荒行に耐える全覚。
市松が仕置に向かうが、その風格に圧せられて手も足も出ない。

全覚の正体は、主水の同門だった元米沢藩士木原兵三郎だった。
主水の剣の師匠、田所(波田久夫)を木原は手に掛けて、失踪していた。
主水の元に同門の剣士が仇討ちの助太刀を依頼にくる。
断る主水だったが、恩師を殺した事情が気に掛かっていた。
「・・・自分を捨て去ったあのぎりぎりの生き様に、
 俺はとても勝てねえような気がする・・・」

市松はまた仕置に向かうが、やはり失敗する。
「俺は鬼は殺せねぇ、俺が殺せるのは人間だけだ・・・」
さすがの市松も仕事を諦める。

主水が重い腰をようやく上げ、全覚の修行する秩父に向かう。
只ならぬ主水の表情におこうも心配するが、主水は死を覚悟していた。
死に水だけでも取ってやると、印玄が名栗経由で先回りして主水に同行。
付き合いの良いところを見せる。

刀を置いて、座禅を組む全覚に向かう主水。
恩師田所は剣客の宿業ゆえか、いきなり自分に斬ってかかったのを斬り捨てたこと。
剣鬼として大勢の人間を斬り続けた、脱藩してそれからの修羅の道のりを話す全覚。
主水が多くの人間を手に掛けていることも、全覚はお見通しだった。
その人殺し同士の業苦の共有が、全覚に己を語らせたのかも知れない。
勝負をせずに去ろうとする主水だったが、同行してきた同門の剣士たちが斬られ、
遂に全覚と対決を余儀なくされる。守勢にまわった主水。
しかし剣鬼の宿業に絶望していた全覚は、自刃して果てた。

   

今回は必殺シリーズ全編を通してはじめて、仕置人でも奉行所の役人でもない、
一介の剣客としての中村主水が描かれる。
それにしても波田久夫が師匠というのは、役不足の感が否めないかも。
そういえば、佐藤慶も波田久夫も腰を低く構えてのドロ臭い殺陣を見せるが、
これが彼らの流派の型なのかもしれない。
剣友因縁ものとでも言おうか、池波正太郎の短編にありそうな話であるが、
こういうのは安倍徹郎先生のお得意であるなあ。
ラストは意見が分かれそうだが、主水が斬られるイメージショット。
じっくりと両雄の心象を描く描写に力がある。

市松が珍しく弱気を見せて仕事を休むが、
印玄は全覚の修行仲間(剛柔流・石橋雅史)と寺の石段でカラテ対決(笑)。
石段を転がして”独り地獄車”にした上に、怪力で圧殺する。
バイプレイヤーの汐路章も冒頭の断首シーンで迫力ある演技だ。

充実した演出、画面作りもさすが工藤栄一で、
中村主水、人殺し稼業の情念を描く傑作の一本である。