2002/08/16 (金) 18:06:55        [mirai]
「長瀬ちゃん・・・ウニ、好き?」
 どこまでも続く暗黒の世界。
 自分の足の先も見えないほど暗いのに、
「ウニ、好き?」
 目の前で微笑む瑠璃子さんだけは、闇を切り抜いたように鮮明だ。
 ああ・・・夢なんだなぁ、と思う。
「ウニ・・・」
 明晰夢・・・夢を夢と知覚するなんて、とっても珍しい事だ・・・
 すごいや・・・
「ウニ、好き?」
「え?」
「長瀬ちゃんは、ウニ、好き?」
 瑠璃子さんは、なにやら儚げな微笑みを浮かべた。
 幽かな存在感が、どうしようもなくもどかしい。
「瑠璃子さん・・・あの、せっかく夢で逢えたんだし・・・」
「ウニ」
「・・・」
「・・・」
「う、うん、まあ、キライじゃないケド・・・」
「そう」
 にこっ・・・
 優しげな微笑みを浮かべた瑠璃子さんは、後ろ手に持っていた、
「ウニ」
 を、僕の眼前に突きつけた。
「紫ウニだよ・・・」
「うっ・・・」
 濃い赤紫色の刺が、ゆっくりと、しかし確実にうごめいている。
 少し潮の香りがして、なんだか、物凄く嫌な気持ちになった。
「る、瑠璃子さん・・・ウニはわかったからさ、もっと他の事を・・・」
「おいしいよ」
「し、知ってるけどさ・・・」

「食え」

「へ?」
 およそ瑠璃子さんらしくない言葉に、僕は間の抜けた声を上げた。
 瑠璃子さんは、僕にかまわず続ける。
「ウニ食え、ホレ、ウニ食え」
 目の前に、紫色の刺が迫る。
「ちょっ・・・うわっ」
 瑠璃子さんは、微笑んだままで、ぐいぐいとウニを押しつけてきた。
「いたっ! いたたたたっ! 瑠璃子さん、ウニが痛い!」
「ウニ食え」
「いててててててっ! 刺さってる! 刺さってますっ!」
「ウニウニ」
「のわたたたたっ! めちゃくちゃ深いっ! いたたたたっ!」
 瑠璃子さんの持ったウニは、容赦なくほっぺたに突き刺さる。
 僕は悲鳴を上げて―――
  
 ガバッ!!

 気づけば、僕は布団を跳ね除けていた。
 四角い窓には朝の光があふれていて、すずめのさえずる音が聞こえる。
 あぁ・・・夢から覚めたのか・・・
 ちぇっ・・・せっかく瑠璃子さんに逢えたのに、ひどい夢だった。



 その日の昼休み、僕は校庭で瑠璃子さんを見かけた。
「こんにちわ、瑠璃子さん」
「・・・こんにちわ、長瀬ちゃん」
 ゆるゆると微笑む瑠璃子さんは、夢の中の姿とそっくりだ。
 いや、瑠璃子さんの住む世界は、夢と現実の区別がないのかもしれないけれど・・・
「なにやってるの?」
「チョウチョの幼虫をつついて、臭い汁を出してるんだよ」
 にこっ・・・
「そ、そう・・・」
 妙な間が開いた。
 僕は、会話の間に開く、『間』ってやつが苦手だ・・・
 嫌われてるんじゃないか・・・そんな邪推が、僕の頭を支配する。
 僕は、無理に話題を振った。
「あ、あのさ瑠璃子さん」
「・・・」
「ウ、ウニ―――」
「・・・」
「ウニは―――」
 あっ!!!
「・・・」
「な、なんでもないよ・・・」
「そう・・・」

 瑠璃子さんの左手に、馬糞ウニがのっていたので、僕は質問を取りやめた。
 世の中には、知らなくてもいい事って、あるよね・・・

「瑠璃子さん、今日は、電波集めないんだ・・・」
「・・・忘れてた」
 そう言って、瑠璃子さんはクスクス笑った。
 僕も、つられるようにして笑った。
 瑠璃子さんは、笑いながら、僕に囁く。

「ね、長瀬ちゃん・・・今夜も逢おうね」

 僕の笑顔が凍った。