>  2002/08/29 (木) 13:09:56        [mirai]
>  誰のものかも解らない指紋にまみれた、バスの窓。
> 「・・・」
>  マルチは、そんな窓に、べたぁっと顔をくっつけて、流れる景色を眺めていた。
>  毎度の事である。
>  バスが出てしばらくすると、マルチはいつも、靴を脱いで座席の上に膝立ちし、
> 窓に顔を寄せるのだ。
>  そして、バカみたいに呆けた顔で、景色に見入る。
> 「・・・」
>  セリオは慣れっこだ。
>  研究所に帰ったら、学校であった事と、バスの窓から見えた事を逐一聞かされる。
>  呆けた顔をしているが、あれはあれで集中しているらしい。
>  だから、今は話しかけないほうがいいのだ・・・と了解している。
>  ホントは・・・いろいろ話したいこともあるけど、マルチは一生懸命なので、あん
> まり邪魔はしたくなかった。
>  ところが、今日は勝手が違ったらしい―――
> 「セリオさん」
>  マルチは、窓から顔を引き剥がすと(ぺりっ、という変な音がした)、すとんと
> 座席に腰を落とす。
>  彼女は、やけに神妙な顔をすると、靴をはきはきしながら、
> 「セリオさんは・・・○ックって、何だか知ってますか?」
>  と言った。
>  ムッ○・・・セリオは、口には出さずに、その名前を2度、反芻した。
>  たしか、マルチが好きな子供向け番組のキャラクターだ。
> 「その質問は、ム○クが、いったいいかなる生き物か・・・ということですか?」
> 「はい」
>  そんなことは、来栖川のデータベースを検索すればすぐに解る。
>  解るけれど・・・
> (そこまでする必要も・・・)
>  良く考えたら、ただの雑談の中に、たわむれに生じた話題だ。
>  雨降る道路の水溜り、そこに何故か生まれた水の泡・・・そういうふうなものだ。
>  なら、データベースを検索してまで受け答える必要はない。
>  セリオがデータベースを検索すると、しっかり記録が残るわけで、しかもテスト
> 期間中なものだから、何故その事柄を検索したのかを報告しなければいけない。
>  後々面倒だ。
>  そもそも、あれの正体くらい、調べなくとも解る。
> 「モップのお化けではないでしょうか」
>  セリオの言葉に、マルチは
> 「おぉー!」
>  と、大仰に驚いてみせる。
> 「やぱりセリオさんも、そう思いますか? 実は私も、かねがねそう思ってたんです
> よぉー!」
> 「あれは、どうみてもモップのお化けでしょうね」
> 「そうですよねぇ」
>  マルチは深く納得して、うんうんと頷いていたが、突然「あっ」と声を上げた。
> 「どうかしましたか、マルチさん?」
> 「は、はい! ムッ○はモップのお化けとして―――」
>  マルチは、こきゅっと唾を飲む。
> 「ガ○ャピンは?」
> 「ガチャ○ン!?」
>  マルチは重大な事を忘れていた自分に、たいそう腹を立てた。
>  セリオは新たな謎の出現に、雷に打たれたようなショックを受けた。
> 「・・・」
> 「・・・」
>  二人はしばらく黙り込んだ。
>  お互いに、その緑色の生き物の出現が、事態を新たな方向へ導く者だと悟ったか
> らだ。
>  最初に口を開いたのは、マルチだった・・・
> 「わ、私は―――」
>  セリオは願った。
> (マルチさんの出した答えが、私の答えと一緒でありますように!)
>  緑の髪の少女なら、あの緑色の生き物のことが、良く解るに違いないという、論理
> 的思考のもとに、セリオは一心不乱に祈った。
>  表情は変えなかった。
> 「私は―――あれは、イモ虫さんだと思います」
> 「!?」
>  セリオはぞっとした。
>  その、ぶよぶよとした虫を、想像したからではない。
>  ―――イモ虫さんだと思いますー
>  マルチの的確かつ、穿った意見は、まさに緑色のシンパシーによるものだろう。
>  そして、その豊かな発想! とても自分には出来そうもない、とセリオは内心
> 地団太を踏んだ。
> (や、やはりマルチさん)
>  思わず額の汗を拭う。さすがのセリオも、今回ばかりは動揺を隠せない。
>  だが、決して負けてはいない。
>  彼女の推論もまた、彼女なりのポリシーに準じたものであるからだ。
> 「私は、イモ虫とは思いません」
>  キッパリと言い放つ。
> 「えっ!?」
>  マルチの表情が引きつる。セリオは構わず続けた。
> 「私は―――あれを、なまこの一種と考えます」
> 「なまこ!!」
>  叫んだマルチは硬直し、そして一筋の涙を流した。
>  なまこ・・・なんと繊細で精密で、そして説得力のある解答だろう。
>  そうだ、その通りではないか! あのぶよぶよとした姿態、腕についた醜いイボ
> と、
>  ずんぐりとした体! なにより、海中を怠惰に浮遊するあの姿は、まさになま
> こそのものではないか!
>  一部の隙もない、理路整然として、美しく、ピッタリと隙間無く、型に嵌る解答!!
>  これぞ、推理と言うものではないか!マルチは感動した。
>  この時ばかりは、論理的思考を妨げる自分の心というものが、煩わしく感じた
> ほどである。
> 「さすがですよ・・・さすがなんですよ・・・さすがすぎます」
>  マルチは呟き、上を向いた。もうこれ以上、涙がこぼれないように。
> 「私こそ・・・マルチさんの答えに、AIを打たれました」
>  セリオは、マルチとは逆に俯いた。
>  マルチの天晴れな解答に、不思議な気恥ずかしさを憶えたからだ。
>  ふたりの友情は深まった。

長文、長ええええええええええええ

参考:2002/08/29(木)13時05分34秒