2002/10/20 (日) 12:03:00        [mirai]
「ある日、ロシア人が来てジェット機に乗らないか?と面接で言ったん
  だ。」と彼は言った。「パイロットになってしまえば亡命できるので、絶対
  に飛行訓練に落第してはならない事を知っていた。」

  ロウは、彼が韓国の航空基地を機銃掃射する8人のパイロットに選ば
  れた時に、チャンスが到来したと考えたが、そのミッションは中止となっ
  てしまった。彼は戦争が終ってから1月後の1953年の飛行展示に参
  加した時にもチャンスが到来したと考えたが、この時はチャンスが無か
  った。

  ついに、9月21日の朝、彼はミグで北朝鮮の基地から離陸した最初の
  パイロットとなり、亡命のチャンスを見つけた。彼はソウル近郊の金浦
  (Kimpo)空軍基地に着陸した。

  彼は沖縄へ連れていかれ、そこで尋問を受け、3人のアメリカ人パイロ
  ットが彼の機体をテストした。ロウは尋問官にアメリカに行き、市民とな
  りたいと伝えた。

  「彼等は私をCIAに引渡した。が、私をどうして良いのかわからなかっ
  た。」とロウは言った。「彼等は、是非学校へ行ってくれ」と言い、そこで
  私は英語とこの国で生活するための習慣を習った。私はデラウエア大
  学(University of Delaware)に行き、デュポン社(DuPont)で仕事を得
  た。

  ロウは50州全部を旅行した。ノースダコタ大学(University of North
  Dakota)で、最近はデイトナビーチにあるエンブリー・リドル航空大学
  (Embry-Riddle Aeronautical University)でエンジニアリングを教えた。

  1996年、ロウとロジャー・オスターホルム(Roger Osterholm)、エンブ
  リー・リドルの同僚教授、は「A Mig-15 to Freedom」というタイトルで彼
  の経験を元にした本を著した。