>  2001/02/11 (日) 09:13:56        [mirai]
> > 君はあれか。
> > 現状の政治がダメなら無関心であれと言う人か。
> 政治の話はおいといて
> くだらないと思うアニメを見つづけて君に何かいいことがあるのかい?


おジャ魔女どれみを考えてみる。

おジャ魔女どれみはお定まりの魔女っ子モノとしてスタートしたが、その内容はか
つて無いほどに斬新なものといっていいだろう。
なにをやっても失敗するどじな女の子の主人公どれみ、お嬢様でありながらどこか
他人とずれている、眼鏡っ子のはづき、大阪弁を繰りながらしっかりとグループを
まとめるあいこ。
彼女たちはまさに20世紀最後期における魔女っ子たちへのオマージュといえるだろう。
そしてどれみたちを取り巻くキャラクターたちも魅力的だ。
おませなどれみの妹のぽっぷ、チャイドルとして活躍し爽やかな利己主義者おんぷ、
可憐な美少女まりな、出崎統的宿敵の擬現化とも言うべき麗華らに加え、サッカー
好き、怪獣好き、手品好き、将棋好きといった一風変わったクラスメートたちが
話を引っ張っていく。
それら斬新な設定と古典的な妙味が最高の面白さと感動を引き出しているのである。

おジャ魔女どれみは圧倒的人気を得ながら終了となる。
しかし、その続編的番組、おジャ魔女どれみ#で不協和音を鳴らすこととなる・・・



結論から言えば、おジャ魔女どれみ#(以下#)はおジャ魔女どれみ(以下無印)の影
に過ぎなかったということだろう。

一つの目標を軸に新世界を構成する要素を次々と吐き出し、大人でさえも童心的な
期待を膨らませていた無印に対して、#はニヒリスティックである。
一応の軸としてはなちゃんという赤子の子育てが設定されているが、しかしそれは
完全に他の話から遊離しているのである。
無印では軸としての昇級の話はあったが、例えばサンタを手助けする回が昇級に
繋がったり、もしくはどれみたちが試験に落ちたりと、それがいつどのように起こ
るかは確信しえず、期待を煽っていたのであるが、しかし#は淡々と進む。
ただ、はなちゃん頑張れ、というだけである。
何の不確定要素も無いのである。

また、世界を支えるそれ以外の話においても新機軸というものは見られない。
無印で振りまいておいた期待の種を刈り取り、育てられずに食い潰しているだけである。
停滞した世界にどれほどの面白さがあるのであろうか。
当然視聴者も限られるわけであり、見るのは無印の面白さにしがみついた、もしくは
コレクション目的の人間である。
まさに#は時と共に移ろい忘れ去られる影なのである。

停滞を打破するための期待。
#の世界では為し得なかった命題を求めるためのリセットされた世界が、2月に始まる
もーっと!おジャ魔女どれみである。
クラス替え、新キャラの導入を前面に押し出しているその世界は、しかし、ごく
凡庸な手段であると断じられる。
無印の期待とは斬新な発想に支えられた期待であり、決して古典的退避的な展開では
無かったはずだ。

しかし我々は期待する。
それは#を見てきた我々の逃れられない無印からの呪縛であり、コレクションとして
の必要性である。
この閉鎖的期待が、もーっと!おジャ魔女どれみにより開放される事を私は望んでやまない。

参考:2001/02/11(日)09時10分36秒