2003/02/08 (土) 12:52:53        [mirai]
 そして、第一部終了。

 いけないと分かっていても、俺は楽屋からの声に耳をすました。

「梓? 今日のマリリソはどう言うことなの?」
「勘弁してよ、千鶴姉……」
「あんなものじゃダメじゃないの! もっとモンローウォークを強調しないと! それに
『とぅとぅっぴでゅー』とかそれっぽい台詞もまじえて!」
「だって、耕一が」
「梓! たとえ耕一さんであっても、この劇場に足を踏み入れたからには一人のお客よ。
客となれば最善を尽くしてもてなすのが鶴来屋の流儀! 落ち着いていつもどおりにやれ
ばいいの」
「ちくしょう! なんであたしがこんなことしなきゃならないんだよ」
「あなたでなければ勤まらないのよ、分かるでしょ!?」
「何でだよ? ずるいぞ千鶴姉、自分ばっかり楽して」
「まだわからないの梓! どうしてあなたがやらなきゃいけないのか。
 自分の胸に手を当てて、よく考えてみなさい!」

「自分の、胸に……?」

 ぽよん。

「次は私の胸!」

 ぺちゃ。

「分かったでしょう! 分かったでしょおおおお!! 梓あああああ!」

 血を吐くような絶叫。
 どうでもいいが、客席まで丸聞こえだぞお前ら。

「……ごめん……」
「さあ、第二ステージよ!」

 先程とは違って、出囃子も何もなしで、梓……もといマリリソはうつむいたまま舞台中
央に座り込んでいる。
 すうっとピンスポットが当たるとともに、鳴り響く演歌調の前奏。
 おい待て。マリリソ・モンローじゃねえのか?

	『恋のからくり 夢芝居~♪』

 なにいいいィィィィ?
 梓はゆらりと立ち上がり、先程とはうって変わった艶のある流し目でしなを作る。抜く
手差す手もあざやかに、舞うは正統日本舞踊。
 ……梅沢富美男一座かよ!?
 しかも、見た目マリリソだぜ! 違和感バリバリだ! どうなってんだオイ!

 でも、俺は内心の動揺を押し隠すことはできなかった。俺の頬をつたう、熱い雫。
 これは……涙? 俺、泣いているのか?
 梓の舞いは見事だった。きっと何度も血のにじむような練習を重ねたのだろう。抑制さ
れた動きに秘められた女の情念。手の表情の一つ一つに恋の予感が、捨てられた無念がほ
の見える。

	『男と女~ あやつりつられ~♪』

 梓……お前、いま最高に輝いてるぜ……。