2003/02/08 (土) 12:55:01 ◆ ▼ ◇ [mirai]「叔父さまのマリリソ……それはまさにおじいさまの再来、いいえ、それ以上だったわ。
叔父さまのステージには華があった。お客様へのもてなしの心があった。そして何よりも
……愛があったわ。私たち姉妹はそれを見て育ったようなものよ。覚えてるでしょう?」
親父……そのために俺と母さんを捨てて、隆山へ?
「わかってるよ。あたしも舞台の叔父さんを見て、子供心に綺麗だな……って思った。楓
は顔にこそ表さなかったけど、やっぱり叔父さんに見惚れてたよね」
「初音も連れてこようかと何度思ったことか……でもそのたび叔父さまはマリリソのまま
の笑顔で言ったわ。
『なあ千鶴。初音にだけは、俺たち一族のこんな面を見せたくないんだ。あの子
だけは、汚れを知らぬまま育ってほしい』
『叔父さま、それはつまり、私たちはどうでもいいということですか?』
私がそう尋ねると、叔父さまはいつも困ったように笑って……私は、そんな叔父さまが
大好きだった……」
「はは……そうだね。叔父さんのお気に入りは初音だったっけ。でも、それは私たちだっ
て同じだよ。だからこそこうやって……」
「いいえ、梓。今のままではいけません。お客は減るばかり。このままでは演目を変更し
なければならないわ」
千鶴さんの声は異様に冷たく、かたかった。
「どういうことだよ、千鶴姉?」
「おじいさまの遺言です。記されたとおり、そのまま言うわ」
千鶴さんは一拍置いて、静かな声で、
「もしマリリソ途絶えし時は、柏木家嫡子のなかで一番年若い女子をして
『マニアックロリコンショー 下の茂みも生えぬ間に』
を演ぜしむるべし」
がーん。
盗み聞きの俺にとってもショックだった。
そんなのってあるかよ! 初音ちゃんはまだ子供なんだぞ、そんな楽しそうな……ゲフ
ンゲフフンッ、そんなつらい仕事させられるわけないだろ? 俺だって楽しみに……ゴホ
ゲホッ、お、俺だってそんなの、ダメだー、と思うぞー!
ちょっと弱々しい主張だった。
梓もショックだったのか、かみつくように激しく言いつのる。
「そんな……そんなのってないよ! 千鶴姉、初音が可哀想じゃないのかよ! 叔父さん
が死んで、あたしたちがこの劇場を継いだとき、白い満月に誓ったじゃないか! あの子
だけは巻き込まないって!」
「それが私たち一族の血の呪いなのよ……」
重々しく響く、千鶴さんの声。それはまさしくこの一族への永遠の刑の宣告だった。
「だから梓、私たちががんばらなきゃいけないの。あの子のためにも、鶴来屋の未来のた
めにも」