2003/03/03 (月) 05:04:13        [mirai]
「……んっ」
 なにかを言おうとしたけど、耕一は唇を離さなかった。
 あたしはゆっくりと瞼を閉じ、耕一に身を任せた。
 庭の方から吹き込んだ爽やかな秋の風が、あたしの髪をサラサラとなびかせた。
 雲ひとつない青空から、眩い陽射しが射している。
 今日もまた、暑くなりそうだ。
 真っ白な光に包まれながら、あたしは耕一の唇を感じ続けた。
 そ……っと、唇を離す。
 真剣で、それでいてやさしい耕一の顔。

 何か言わなきゃ。

 そうだ。そうだよ。
 あたし、耕一にまだきちんと自分の気持ち、言ってない。
 もてあました感情をぶつけるばっかりで……昨日だって、言いたいこともろくにいえな
いうちに……。
 ううっ、顔が、顔が赤……。

 そうだ、きちんと言おう。
 耕一にあたしの気持ちを伝えよう。
 もうそんなことはお互い良く分かってるんだけど、これ以上やたらに言い合うことでも
ないのかもしれないけれど。
 これは、あたしの決意表明。
 あたしと耕一の、新しい関係。今までと違う、もう一歩進んだ二人のかたちのために。
 小さな声でもいい、聞こえればいいから、

 ちゃんと言おう……『耕一、好きよ』って。

 うー! いざとなると駄目だなあ! 昨日はあんなに夢中になっていってたのに……あ
あなっちゃうといくらでもいえるんだけど、こう、昼間の光の下で、面と向き合って言う
となると恥ずかしいな……。
 あー、でも言うぞ! 言うの!

 すうっと深呼吸して。

 ごくり。喉の動く感触。

『耕一、好きよ』

 それだけのこと。言えないはずがない。

『耕一、好きよ』

 その言葉を心に思い浮かべるだけで、鼓動がはねあがる。
 ああっもう、あたしの心臓! すこし落ち着け!

『耕一、好きよ』

 大丈夫、大丈夫。
 落ち着いて。

「耕一……」
「ん?」

	「す、すけきよ」
	「え?」

「ううっ……」

 泣き顔を人に見られるのがいやで、がっくりとうつむいている。
 公園のベンチに、ぺたん、と腰かけたあたし。
 ちくしょう、いつだってそうだ! いつだってあたしは、大事なときにきちんと言わな
きゃならないことが言えなくて……。

 噛んだ……
 一番大事なところで、
 あたしの気持ちすべてがこもったひとつの言葉で、
 思いっきり、噛んだ……

「なんだよ”すけきよ”てーーーーーっ!」

 ああっ、もう! あたしのバカ!
 その場さえ逃げられればどうでもいいと思って、無我夢中で駆け出してしまった。
 耕一、なんて思っただろう……。
 変な奴って思っただろうな。
 やっと素直になれる。
 やっと二人、今までと違った関係になれる。
 やっと……あたしは耕一の『弟分』から、何か違うものになれると思ったのに……。
 耕一……。