2003/07/26 (土) 02:12:13        [mirai]
7月30日
日/そら
「そろそろ、出ていこうと思うんだ」
「え…?」
男が言った瞬間、彼女の動きが止まった。
男の言った言葉が、どれだけ彼女を失望させたかがわかる。
「最初はバス代を稼ぐまでだと思っていた。けど、色々あって、長居になってしまったからな…」
「お金…まだ稼げてないよね」
「そんなものいらないんだよ。最初からいらなかったんだ」
「歩けばいいんだからな」
「………」
「ずっと、一緒にいてくれる…そう言ってくれた」
「悪いな。そのことに関しては謝る」
「性分なんだ。俺は一カ所に留まっていられないんだ」
「そんな…これからだって思ってたのに…」
「これからがんばろうとしてたのに…」
「往人さんにいてほしいな…」
「ずっといてほしいな…」
「な、観鈴」
「おまえが俺を苦しめているんだよ。わかるか」
「え…?」
「おまえはずっとひとりぼっちだった」
「今、だんだん身体が動かなくなってきている」
「心当たり、あるだろ?」
「このままいくとおまえは、あるはずのない痛みを感じるようになる」
「そして…」
「おまえは、全てを忘れていく」
「いちばん大切な人間のことさえ、思い出せなくなる」
「そして、最後の夢を見終わった朝…」
「おまえは…」
「………」
無言のまま、立ち尽くしていた。
「おまえが俺を選んでしまったからだよ…」
「二人の心が近づけば、二人とも病んでしまう」
「二人とも助からない」
「これ以上おまえと居続けたら、俺のほうが先に倒れる」
「だから、おまえから逃げることにしたんだ」
「この町を出て、もうおまえと出会うことのない場所までいく」
「ひとりで?」
「ああ」
「やっと、ひとりじゃなくなったのに…」
「おまえには、ほら、晴子がいるじゃないか」
「そうだけど…」
「………」
「じゃあ、仕方ないね」
「いつ、出るの?」
「今日」
「すぐ?」
「ああ。今すぐだ」
「もう一晩だけ、泊まっていけばいいのに」
「…俺はおまえが寝ている間に苦しむんだよ」
「あ、そうか…」
「うーん、じゃ、これでさよならだね…」
「そうだな」
「………」
「あのね、往人さん」
「なんだ」
「楽しかった、この夏休み」
「往人さんと過ごしたこの夏休み…」
「一番、楽しかった」
「そっか…」
「わたしもがんばれて良かった」
「そっか…」
「往人さん、わたしにできた初めての友達」
「そうだな…」
「きっと、往人さんいなかったら、もっと早く諦めてたと思う」
「…馬鹿」
「これからも頑張るんだろ、おまえは」
「そっか。そうだよね…」
「にはは…」
彼女は札を並べはじめた。
ぱたぱた…
「やっぱり、こうしてひとりで遊んでいればよかったんだね…」
「そうかもな…」
「………」
「でもな、楽しかったよ、俺も」
「ほんと?」
「ああ。観鈴と過ごせて良かった」
「わたしもよかった」
ぱたぱた…
「じゃ、いくな、俺」
「うん」
「じゃあな」
「うん…ばいばい、往人さん」
「ばいばい」
彼女の前から姿を消した。
………。