2003/07/26 (土) 02:14:16        [mirai]
「いっちゃった…」
「………」
彼女が呆然としている。
もう札を並べることはやめていた。
顔を伏せた。
「わたし、ひとりになる…」
くぐもった声。
「本当にひとりになっちゃう…」
「ひとりになったら、きっとがんばれないよ…」
「もうがんばれない…」
「どうしたら、いいんだろう…」
「………」
「あ…」
突然顔をあげる。
「いいこと思いついた」
「往人さんと一緒にいけばいいんだ」
「一緒に旅すればいいんだ」
「今日はね、そういう夢見たの」
「誰かと一緒に旅する夢」
「あんな風にわたしも旅するの」
「そうすれば、ずっと往人さんと一緒」
「離れることないよ」
「いいアイデア」
「すごい、観鈴ちん」
「そうと決まれば、往人さんの後、追わないと…」
「急がないと、往人さん、いっちゃうよ」
ずるっ…どすん!
「イテテ…」
「急がないと…」
「連れていってもらうんだ」
「一緒に旅するんだ」
「往人さんと、新しい生活始めるんだ」
ゆっくりと懸命に歩き出す。
あの男の後を追って。
外に出る。
まだ男はいた。
振り返る。
「…どうした」
「あのね、今朝の夢…」
「わたし、ひとりぼっちで、閉じ込められてた」
「淋しかった」
「誰かが連れ出してくれるのを、ずっと待ってた…」
男を真っ直ぐに見た。
「わたし…」
「わたしね…」
「一緒にいきたい」
「往人さんと一緒にいきたい」
「ついていったら、ダメかな」
「………」
男は顔を手で覆う。
「馬鹿か、おまえは…」
「俺はこの家を去りたいわけじゃない」
「おまえから、離れたいだけなんだ」
「………」
「あ、そうか…」
「そう…だよね」
「ごめんね。また馬鹿なこと言って」
「まったくだ」
「じゃあ、ばいばい。元気でね」
「ああ」
「おまえ…頑張れよな」
「ひとりでも、頑張れよな」
「うん、ひとりでもがんばる」
「おまえは、強いもんな」
「うん、わたし強い子」
「よし」
ぽむ、と彼女の頭に手を置いた。
「じゃあな」
男が背を向ける。
それに向けて、彼女は二本の指を立ててみせた。
元気だという印に見えた。
男が最後にちらりとこちらを向く。
それだけで、もう立ち止まることなく、姿を消した。
「ひとりに…なっちゃった」
「本当にひとりきり…」
「お母さんもいなくなって、往人さんもいなくなって…」
「でも、がんばらないとね、ひとりでも」
「次生まれてくるわたしが…もう悲しむことがないようにね」
「悲しむのはわたしで最後…」
「だから、ひとりになっても…どんなに苦しくなっても、がんばらないとね」
陽が落ちる。
そして、眠りについた彼女は、ずっと苦しみ続けた。