2003/07/26 (土) 02:16:18        [mirai]
7月31日
月/そら
次、目覚めても、彼女はじっと光の差す場所を見つめているだけだった。
もう生きる意志も失っているように見えた。
死期が近い。それが僕にはわかる。
だから、次に目を閉じた時。
それが彼女との別れだと思った。
彼女が眠りにつく。
僕はずっとそばに居続けることしかできなかった。
彼女の笑顔も、ふたりで飛ぼうとした日も…もう遠い。
ずっと遠くにあった。
小さく囲われた空が明るくなり、赤くなり…そしてまた暗くなる。
ここだけは止まっていた。
なにひとつ動くものなく…彼女の寝息だけが聞こえ続けた。
もう…終わってしまったのだろうか。
彼女と過ごす日々は、もう終わってしまったのだろうか。
「観鈴…」
声が聞こえた。
あの男が立っていた。
いまさら、何をしに戻ってきたのだろうか…。
彼女の元から逃げ出した男が…何をしに戻ってきたのだろうか。
「ここ、座るな」
男が膝をつく。
「戻ってきたんだ」
「もうどこにもいかない」
「おまえと一緒にいて、おまえを笑わせ続ける」
「そうすることにしたんだ」
「だからな、観鈴…起きろ」
肩を揺する。
「………」
「観鈴…俺だ」
「観鈴…」
「う…ん…」
ようやくその目が薄く開かれた。
「………」
「観鈴、わかるか。俺だ」
「…往人さん…」
「辛いなら、そのままでいい」
「いいか、これからおまえのために人形を歩かせてみせるから」
「だから、よおく見てろよ」
「コツ掴んだんだ。絶対面白いから」
「だから、また笑えるようになる」
男は、人型に思いを込めた。
とてとて…
それが歩き始める。
…とてとて…
「な、おもしろいだろ」
………。
「観鈴、見てくれてるか」
「おかしいだろ」
………。
彼女は、もう目を開けていなかった。
最後の、彼女の力だったのだろう…。
もう彼女は目覚めない。
もう目覚めない。
「観鈴、起きろよ」
「見てくれよ。それで、笑ってくれよ」
「な、観鈴…」
それでも男は話しかけ続けた。
手を握る。
もう目覚めない彼女の手を。
「俺、やっと気づいたんだ」
「俺はおまえのそばにいて、そしておまえの笑顔を見ていればそれでよかったんだ」
「そうしていれば、俺は幸せだったんだ」
「だから、俺はおまえのそばにいる」
「そうすれば、おまえは元気なんだよな」
「もうひとりで、夜を越えることもない」
「俺がいるからな」
「俺が、笑わせ続けるから」
「おまえが苦しいときだって俺が笑わせるから」
「だから、おまえはずっと、俺の横で笑っていろ」
「安心して笑っていろ」
「な、観鈴」
時間が過ぎてゆく。
男は一度も、彼女の元を離れなかった。
そして…
人型が白く光っていた。
男はそれをじっと見つめていた。
…もう一度…
…もう一度だけやり直せるのなら…
…そうすれば、俺は間違えずにそれを求められるから…
不思議な感覚。
思ってもいない言葉が、僕の内に溢れては消えた。
…だから、どうか…
…観鈴と出会った頃に戻って…
…もう一度、観鈴のそばに。
そして…
辺りに光が満ちた。
………。