2003/07/26 (土) 02:46:20        [mirai]
8月 3日
木/そら
彼女は翌朝になっても起きなかった。
まるで死んでいるかのように寝続けた。
僕は、その頬をつついた。
つんつん。
………。
つんつん。
………。
「ん…?」
目を開いた。
「なんだ、そらか…」
「ごめんね、今はひとりにしてね」
「おやすみ…」
再び目を閉じた。
つんつん。
………。
もう起きなかった。
僕はやはりそばに居続けることしかできなかった。
時折起きては、何もない空間を見て過ごす。
もう、遊ぶこともなかった。
そして再び寝入る。
それの繰り返しだった。
そしてついにその時がきた。
彼女が苦しみだした。
今の彼女に、それを耐えきれるとは思えなかった。
すべての気力を失ってしまったような彼女に、その苦しみはあまりにも大きすぎた。
そして、彼女はそれを待っていたのだ。
生きる意志を失ってしまった彼女は、それを甘受し、眠りにつくことを願っていた。
彼女の目から再び涙が零れる。
僕は、それを止めることができなかった。
彼女はもうその痛みに耐えようともせず、目を開いたままでいた。
「すごく苦しい…」
「でも、このまま眠れば、もう終われるんだよね…」
彼女の目が閉じる。
そして、その顔が、すべてのしがらみから解き放たれたように、無表情となる。
もう苦しみも、悲しみも、喜びもない。
そんな表情だった。
また…繰り返すのか。
僕は唐突に、そう感じた。
いつか、こんなことがあった気がする。
それは、空を目指していた時の記憶。
遠くて古い記憶。
頭が…痛む。
そして、恐怖を感じる。
このまま、その向こうに行ってしまえば、僕は消えてしまう。
嫌だ…
そんなのは嫌だ…
でも、自分の中で大きくふくらんでゆくものは、止めようがなかった。
今日までの日々を僕はさかのぼってゆく。
みすずとの暮らし。
空から落ちてきた日。
母の存在…
僕が生まれた日。
そして、その向こうに、別の光景が待っていた。
人が歩いてゆく…
その中に僕は立ち尽くしていた。
誰も見向きもせず、通り過ぎてゆく。
その中で僕は、必死で人型を動かし続けていた。
いつしか、人の通りはなくなり…僕はひとりだけになる。
いや…
ひとりじゃなかった。
目の前で、誰かがしゃがみこんでいる。
それはひとりの少女…
その子だけは、通り過ぎてゆくことなく、ここに残ってくれた。
そして、笑っていた。
「にはは」
僕の動かす人型を見て、笑っていた。
僕はその笑顔を見下ろしていた。
彼女よりも高い位置から。
「笑わせることできるよ」
少女が言った。
ああ、そうしたい。
今なら、できると思う。
「うん」
遠い記憶は…灼かれるような暑さと、潮の匂いの中にあった。
手を伸ばして、彼女に触れる。
触れられた。
そして、抱きしめられた。
みすず…。
そう…
僕は…人だったのだ。
確かに人として…
同じ言葉で彼女と思いを語り合い…
同じ時間に生きていた。
そんな暮らしの中にいた。
幸せだった。
その日常が崩れ去る日…
自分の命を犠牲としてまで、彼女を生きながらえさせた。
そして僕は願った。
もう一度彼女のそばにいたい、と。
同じ時間をもう一度生きたい、と。
そう…僕はあの日、願った。
そして、思いは通じた。
なのに…
みすず…