2003/07/26 (土) 02:55:13 ◆ ▼ ◇ [mirai]ぽち。
「あれ…?」
彼女の手よりも先に、後ろから別の手が伸びていた。
「ひとりで漫才しとらんで、とっとと買いや」
「あ…お母さん」
見慣れた…少しだけ懐かしいような顔があった。
「ただいまや」
「う、うん…」
「おかえりなさい…」
「それで良かったんか」
「う、うん…」
「なんやそれ、けったいなジュースやな」
「うちも買うわ。一緒に飲も」
「うん…」
「なぁ…観鈴」
「うん?」
「どれがうまいんや。ごっつ不気味な品揃えやで…」
「あ、えっとね、その端っこのとかおいしかった…」
「これか?」
「どろり濃厚、とか書いてあるで?」
「うん、それ…」
「…まぁ、ええわ。ノド渇いてるから、なんでもうまいやろ」
ぽち。
がしゃん。
しばらくふたりは黙っていた。
ちゅーちゅー…
…ちゅーちゅー
ただ、飲み物を飲む音だけが、風の音に混じって聞こえてくる。
「どないしたんや?」
「ううん…なんにも」
「そうかー」
ちゅー…
「………」
「…ノド乾いてても、まずい飲み物ってあるんやなー…」
「なんか、すごい発見した気分やわ…」
ひとり喋る続ける女。
ちゅーちゅー…
その横では、彼女が黙って飲み物を飲み続けていた。
「な、観鈴」
「いつもここでひとりで飲んでたんか?」
「うん」
「そうか…」
「ひとりにして、ごめんやで」
「ううん…」
「これからは一緒や。どこにもいかへんからな」
「うん…」
「なんか変わったことあったか」
「うん…」
ちゅーちゅー…
「いろんなこと…ありすぎて…」
「すごく大変だった…」
「そうか…ごめんやで」
「うん、ひとりぼっちになっちゃって…」
「もうダメだと思って…」
「でも、がんばろうと思って、ここまでやってきて…」
「ひとりでジュース飲もうと思ったの」
「ほんま、堪忍やで」
「うん…」
「うちも大変やったんや」
「観鈴のために頑張ってきてたんや」
「観鈴をずっと、神尾の家に置いとけるようにな」
「え…?」
「あんたは、うちの子やあらへん」
「うん…そうだね」
「いつか橘の家に連れていかれる」
「せやから、一緒に住んどっても、あんたに構ったることができへんかった」
「あんたのこと好きになってしもたら…別れるんがツライやろ」
「毎日、もうすぐ迎えにくるんちゃうかって、思っとった」
「いつ迎えにきても引き渡せるように、気持ち落ち着けとった」
「でもな…結局意味なかったわ…」
「うち、あんたのこと好きや」
「ずっと一緒に暮らしたい、思ってしもたんや」
「そうなったら、毎日が不安やった」
「向こうはいつあんたをかっさらってゆくかわからへん」
「あんたの誕生日、また祝えへんのかって…それがあんまりに悔しくて、悲しくて…」
「それで決心したんや」
「あんたをうちの子にする」
「そう決めたら、いてもたってもいられんようになって、こっちから話つけにいったったんや」
「大丈夫や。手は出してへん」
「代わりに橘の家の前で、十日も土下座し続けたったわ」
「嫌がらせみたいなもんやろ?」
「うちを家にいれんとことしたからな」
「それでようやく家ん中通してもらったわ」
「法的には、うちにはどうしようもあらへん」
「あんたをうちの子供にしたい言うても、向こうが拒否すればそれでしまいや」
「あんたは、連れてかれる」
「うちには情に訴えるしか方法がなかったんや」
「もう少しでぶっ倒れるとこやったで」
「でも頑張れた」
「観鈴の笑顔、ずっと思てたからなー」
「それ失うこと思たら、なんでも平気やったわ」
「だから、もうずっと一緒や」
「もう、なんも心配せんでええ」
「ずっと、ひとりにしてごめんやで」
「ほんま、堪忍やで」
「堪忍や、観鈴…」
「これからは、うちと一緒に遊ぼな」
「友達なんかおらんでもええやん」
「うちが遊んだる。ジュース、毎日飲もな」
「うちは、まともなジュースがええけどなー」