2003/08/11 (月) 07:13:15 ◆ ▼ ◇ [mirai] 志摩子さんは扉を押さえたまま、もう一度二人に声をかけた。
「行こう、祐巳さん」
ゴクリと唾を飲み込むと、蔦子さんは祐巳の腕をとった。あくまで、道連れにするつもりら
しい。
中に一歩踏み込むと、そこは不思議な空間が広がっていた。
「うわ……」
入ってすぐは、小さいが吹き抜けのフロアになっている。向かって左にはやや急勾配の階段。
二階に上り切った突き当たりに、扉ほどの大きな明かり取りのはめガラスがあるらしく、階段
を真っ直ぐ下りるように夕方の日差しが階下まで伸びていた。
フロアに人気はなかった。右手に一つとその真上に一つ部屋があるようだったが、志摩子さ
んの言うように一階に人が集まっている気配はない。これでは、入り口で祐巳がノックしたと
しても、気付いてもらえなかったのではないかと思うと、大仕事を前にドッと疲れてしまいそ
うだった。
「こちらよ」
志摩子さんはプリーツの襞を階段で擦らないように押さえながら、器用に階段を上っていっ
た。祐巳と蔦子さんは顔を見合わせ、「うん」とうなずいてから、その後に続いた。
高等部に入学して約半年。祐巳の中で薔薇の館は、シスターの居住区と同率一位とも思える
禁忌の空間であった。
「あの……、志摩子さん?」
祐巳は、急に不安になってきた。
「はい?」
「こんなに簡単に、部外者を入れてしまっていいの?」
最上の一段に足をかけたまま振り返った志摩子さんは、一瞬驚いたように目を瞬かせて「ま
あ」と言った。