2003/08/25 (月) 00:04:01        [mirai]
拝啓
突然の不躾な手紙をお許し下さい。作家としての貴方にしたためるのは常なる行い。
ですが今夜は星の瞬きを借り、束の間私の包み隠さぬ心根を贈り届けたいと、窓外の
闇へ想いを馳せる次第です。
もう幾度読み直したでしょう、貴方の二作目の短編「ショコラでトレビアン」を見た
時から私の人生は変わりました。元々少女嗜好ではありましたが、「クリスチーネ」
のペンネームの通り、繊細な画風、緻密な物語の全てが私を虜にしました。
諍いと虐待の日々、痛む手足をさすりながらめくるペ-ジは柔らかい包帯のように、
疼く傷を優しく癒してくれました。手に入る限りの単行本、画集を買い漁り、その感
動、感謝を書き送るようになってどのくらい経ったでしょう。天上の人と信じていた
貴方が近隣に住まい、あまつさえあの悪鬼のごとき巨漢、剛田武の実妹であったと知っ
た時の驚きは、今でも忘れる事が出来ません。
しかしその忌むべき関係も、血縁故の顏姿も、クリスチ-ネ剛田の魅力の前には取る
に足りない些事に過ぎませんでした。耳を聾するリサイタルの最中にあっても、隣に
佇む貴方を見れば子守唄に変わりました。いつしか私は、貴方をその不遇から救い出
せる、共にこの嫌世を歩んで行けると想うようになりました。
机の抽き出しが、突然勝手に開く迄は。
彼奴は或る日突然私の前に現れ、頼みもしないのにあれこれと世話を焼きはじめまし
た。済し崩しに家族に取り入り押し入れに居候し、仕事もせずどら焼きばかり食べる
毎日。親友などと訳知り顔で小言を垂れ、腹の袋から取り出す怪し気な道具は役に立っ
た試しがありません。挙げ句お節介にも私の合縁を案じ、何をとち狂ったか源家のご
令嬢と婚姻させるべく私の未来を変えてしまったのです。その渦中、私は本来の運命
を垣間見ました。
そう、あの鈍重で低脳で、醜悪な猫型傀儡さえ居なければ、貴方は私の伴侶となる筈
だったのです。
嗚呼此の胸の慟哭は、燃盛る情慾は、神なる通力をもって尚、些かも禁める事は出来
ますまい。私の眼鏡の弦の欠片でも、貴方の傍に傅く事が叶うなら、例えお義兄様に
此の身を八つ裂きにされても構いません。
華に吐息を、月に泪を、私の哀しみはいつか五つの岳を覆い、七つの洋を満たすでしょ
う。
此の想いがいつか、呪われた運命の鉾を逸らせん事を。
永遠に、お慕い申し上げております。
草々
野比のび太拝
剛田ジャイ子様