2004/05/25 (火) 10:12:14        [mirai]
ジェリーが大人になった頃トムはもうこの世にいませんで 
した。 
トムは自分の命の終わりがすぐ傍まで来ているのを知った 
とき、 こっそりジェリーの前から姿を消しました。ジェ 
リーの前で弱って涙もろくなった自分を見せたくなかった 
のです。トムはジェリーの心の中ではずっと喧嘩相手とし 
て生きつづけたかったのです。 
トムがいなくなったのに気づいたときジェリーは悲しみは 
しませんでしたが、退屈になるなと思いました。トムとの 
喧嘩は最高にスリルのあるゲームでしたから。 
胸の奥が不思議にチクチクはするのですが、それが何なの 
か、ジェリーにはよくはわかりませんでした。 
トムの願い通り、ジェリーの心の中でトムはいつまでも仲 
の悪い喧嘩相手でした。 
そんなある日ジェリーの前に一匹の猫が現れました。トム 
よりのろまで体も小さい猫です。 
喧嘩相手のトムがいなくなって寂しかったジェリーは、今 
度はこの猫を喧嘩相手にしようと考えました。 
そこでジェリーは、穴のあいた三角チーズが仕掛けられた 
ねずみ取りを利用して、その猫に罠をかけることにしまし 
た。 
いつもトムにしていたように。 
ジェリーは物陰に隠れて、ねずみを求めて猫がねずみ取り 
の近くに来るのを待っていました。そして思惑通り猫が罠 
に向かって近づいてきます。 
ジェリーはしめしめと思いました。いつものように、自分 
がねずみ取りにひっかかるふりをして、逆に猫をねずみ取 
りにかけてやるんだ。 
うふふ。 
手か尻尾を挟んだ猫の飛び上がる姿が頭に浮かび愉快です。 
でも、その猫はトムではありません。猫はチーズの近くま 
で来たとき、ジェリーが出てくるより早く美味しそうなね 
ずみの匂いに気づき、目にもとまらぬ速さで隠れていたジ 
ェリーに襲いかかってきました。ジェリーはいつもトムか 
ら逃げていたように逃げましたが、トムよりのろまなはず 
の猫にすぐに追いつかれてしまい、体をガブリと噛まれま 
した。 
ジェリーも噛みつき返しましたが、トムより体が小さいは 
ずの猫は平気です。 
血まみれのジェリーは薄れ行く意識の中で、本当は鼠が猫 
と喧嘩して勝てるわけがないことと、いつもトムはジェリ 
ーに「してやられた」ふりをして、わざとジェリーを捕ま 
えないでいたことを、そのとき始めて知ったのです。トム 
の大きな優しさと友情に気づいたのです。 
そしてトムがいなくなった時の胸の奥のチクチクの正体に 
も気づきました。かけがえのない友を無くした悲しみでし 
た。 
ジェリーの魂が体を抜けた時、空の上には優しく微笑みジ 
ェリーを待っているトムがいました。 


「また喧嘩ができるね」 
「のぞむところさ、今度こそは捕まえてやるぞ」