2004/06/02 (水) 23:36:53        [mirai]
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の
高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないよ
うに、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り
去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたとい
う、伝統あるカトリック系お嬢さま学園である。
 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守
られ、幼稚舎から大学までの一環教育が受けられる乙女の園。
 時代は移り変わり、元号が明治から三回も改まった平成の今日でさえ、十八
年通い続ければ温室育ちの純粋培養お嬢さまが箱入りで出荷される、という仕
組みが未だ残っている貴重な学園である。

 彼女――、福沢祐巳もそんな平凡なお嬢さまの一人だった