>  2024/03/23 (土) 11:23:12        [misao]
> > 見返してみたけど(;´Д`)
> > ・生きた証がフランメしかない
> >  →ゼーリエが基本的に弟子のことを忘れてしまう、結局フランメのことしか覚えていないのだとしたら
> >   ゼーリエがこれまで何のために生きてきたのかという「生きた証」を「フランメ」にしか帰することができない
> >   「あーあ結局おれってフランメの師匠でしかねえんだなー」的な(;´Д`)それが孤独ってことなんでは
> >   ほんとは孤独というよりは無力感というか無意味感みたいなことなのかもね
> > ・歴史に名を残す=フランメ以外にも生きた証を与えたい
> >  →レルネンがフリーレンを殺せば「魔王を倒したフリーレンを殺したレルネンの師匠である」を加えることができる
> >   ゼーリエに「そういえばフリーレン殺しちゃったレルネンとかいうふざけたやつがいたな(悪名)」として覚えてもらえる
> >   「あーあ結局おれってフランメの師匠で、あとレルネンなんぞの師匠でもあったんだなー」的な(;´Д`)多少ましじゃね?的な?
> > ・でも、フリーレンは「ゼーリエはおまえだとかおまえ以外の弟子のことも覚えてるぞ、前提破綻してっぞおまえ」って言ってる
> > 
> > なんかでもこれだと結局レルネンさんはワンオブゼム的な感じだよね(;´Д`)
> みんな覚えてるならそれでいいんどよ(;´Д`)

結局ゼーリエが覚えてるかどうかだけの観点だとそれで良いんだよね(;´Д`)
最初に思ったのはゼーリエがこれから先の遠い将来において周囲の弟子やら何やらから
「フランメの師匠なのですね!」としか言われないのは文字通り孤独なんじゃないかだったんだけど
つまり自分に多く含まれている様々な要素や側面をばさっと捨象されて
一部分だけでしか見られない的な意味での孤独ってことなのだが
でもこの理解だと「ゼーリエが覚えてるんだから良いんじゃね」ってところにつながらないんだよね
遠い将来の周囲の人々がどう記憶しているかはあんまり関係がない感じだし

こいつやべえって思わせる偉業みたいなことをフランメ的にやったら良いのに
戦うことしかできない魔法使いだからそういうアプローチは無理なんだろうなぁ(;´Д`)

参考:2024/03/23(土)11時17分15秒