>  2025/06/22 (日) 11:07:40        [misao]
> 冬期限定ボンボンショコラ事件 - 米澤穂信|読書感想文・要約(ネタバレあり)|源川さとし
> https://note.com/gungi_problem/n/n9bbe27fa425c
> 不信の停止
> 重傷な入院なのに、入院中に看護師一人にしか会わないというのは現実的にありえない。ミステリー用の伏線だったとしても、その違和感がずっと拭えなかった。
> 最近学んだ概念だが、『不信の停止』というものがある。
> こういったリアリティの欠如・違和感を感じてしまうと、物語世界にのめり込めず、不信の停止状態になれなくなってしまうのかと感じた。
> 本作を読んだ結果、小市民シリーズに求めていたのは、小佐内さんの暗躍だったのだなと気づいた。
> 本作でも小佐内さんは多少の暗躍はしているし、日坂英子の暗躍もあるにはあるが、夏・秋に比べると少し物足りなかった。
> 冬は小佐内さんが暴れなかったからいまいちだったね(;´Д`)
> んでどうして小鳩と小佐内が素直に結ばれるエンドにしなかったんだろう

『二人がまた一緒に行動するとしても、お互いの美学をわかり合うには、まだもう少し時間が必要だ。
でも間に合うのかな。卒業まで、あと六ヶ月。』
この一節に関しては、つまりは、間に合わなかったのだと思う。

小鳩くんは、誰もが共感し得る背景をもちつつも、超然とした視点と能力をもつ主人公だった。
残りの時間で小佐内さんと向き合って関係を深めるには、その高みから小鳩くん(そして小佐内さん)を下ろして、
一人の人間としての弱さを曝け出す必要があるはずだったと思う。
他人を知るには、自分についても知らなければいけない。それは小鳩くんに関しては今作で描かれた。
そしてその先の物語は高校3年の冬には収まらなかった。いつかその日がくるかもしれない希望を小佐内さんが仄めかした。
それが作中での結末だった。

しかし実のところ、冬期限定という作品はこの与えられた六ヶ月を存分には使っていない。
作中の最後のシーンは大晦日で終わっている。六ヶ月のうち残り半分が残っている。
「わかり合う」ことが本当に決着をつけなければいけない主題であれば、まだ物語は終わってはいけないはずだ
(2月にはバレンタインというおあつらえ向きのイベントがあるのに!)。
この作品が大晦日で幕を閉じたことは、その背後に、「わかり合う」ことは「間に合わなくてもいいのだ」、
という転換があったことを思わせられる。
https://note.com/resurrection_9/n/ne27463035b71

参考:2025/06/22(日)11時00分02秒