当時、伏見城の千畳敷(大広間)を深夜に歩いていると、何者かに背後から刀の鞘をつかまれて 身動きが出来なくなるという不吉な噂が、大名たちの間で広がっていた。 その噂を聞きつけた前田利家が、そんなことくらいを恐れている様では命のやり取りを生業(なりわい)としている武士は勤まらないと、 自分が事の真相を究明する為、夜に千畳敷で肝試しを行うと吹聴した。 (一説には、千畳敷を本当に訪れた証として加藤清正に借りた軍扇を、千畳敷の奥へと置いてくると宣言したという) これを聞いた豊臣秀吉は、盟友前田利家の身を案じて魔除けの刀として大典太光世を持たせて肝試しに送り出したが、 実際に利家が深夜、千畳敷を訪れても特に何も起こらなかった。結局、以降は不吉な噂は払拭された。 こうして利家が何事もなく帰ってくると、秀吉はその褒美として大典太を与えたという。