大衆が「良い存在」ならば、ポピュリズム(Populism)は肯定的な結果をもたらすはずだ。 しかし実際には破滅的で、いつも邪悪を伴う。 その理由はここにある。 大衆というものは、邪悪な存在なのである。 大衆は無責任で、軽くて、邪悪な存在なので、制限がなくあまりにも簡単に物事を喋る。 邪悪なことを恥も知らずに思う存分喋って騒ぎたてる。 そして、それを実現するよう政治に対して要求するのだ。