矢口高雄の中学では卒業したら実家の農業を次ぐのが普通だったのだが 中3の冬に担任教師が家を訪ねてきて「彼を高校に行かせてやってくれ」と熱心に頼み込み 同級生で唯一人高校進学をし、卒業後は地銀で事務をしながら漫画を書いていた