日本国外でも、日本の象徴として広く知られている富士山ですが、 第二次世界大戦中、その象徴性に目をつけたアメリカ軍が、 富士山を赤いペンキで塗りつぶすという計画を立てたことがありました。 考案されたのは、太平洋戦争末期の昭和20年。 CIAの前身であるOSS(戦略諜報局)の科学者が、 日本人が愛する富士山をペンキで真っ赤に染めてしまえば、 日本人の士気を下げることが出来るのではないかと考え上層部に提案し、 実際にその案は採用されることになります。 しかし、富士山を赤く染める為には約12万トンのペンキが、 さらにはペンキを運ぶ為にB29が3万機必要になることが試算で分かり、 結局この計画はお蔵入りになっています。