2019/06/14 (金) 21:15:08        [misao]
そして6月4日を迎えた。
当時の取材メモを見ると、その 2-3 日前から不穏な空気で、人民解放軍は天安門を囲むようにジ リジリと四方から迫り、武力鎮圧は時間の問題と見られていた。
その日の夕方、僕はいつものように天安門広場に行きパトロールした。 夜になって広場の外から銃声が聞こえるようになった。 
広場に入ってきた警察の装甲車のハッチを開け、学生が火炎瓶を投げいれて燃やすなど、騒乱状 態になった。
そして午前 2 時になった時、突然、広場の先にある中南海(共産党本部がある昔の紫禁城)の塀 の上に、人民解放軍の兵士数十人がすくっと立ち上がり、
こちらに向けて軽機関銃・カラシニ。コフをパンパンと撃ちはじめた。

途中気づくと、持っていた衛星携帯電話が鳴っている。 出ると東京の外信部で、「大丈夫ですか!」と叫んでいる。 「大丈夫じゃないよ!」と叫び返すと、
「でも電話リポートやってください」と言う。 「いやそんなこと言われても、人民解放軍がカラシニ。コフをパンパン撃ってるんだよ!
俺早く 逃げたいんだよ!中南海の塀にいきなり兵隊が立ってさ、こっちに撃ちやがったんだよ。倒れて る人もいたよ」
みたいなことをしばらくしゃべって、逃げた。
この電話リポートというか半泣きのしゃべりは、その夜の「オールナイトフジ」という当時の人 気番組にカットインされ、
その VTR から戻ったスタジオはシーンとしてどうしようもなかった、 と同期のバラエティのディレクターが後に言っていた。