2019/09/28 (土) 14:58:05 ◆ ▼ ◇ [misao]https://livedoor.blogimg.jp/sky_defence-muromachi/imgs/5/d/5da7508a.jpg
いいね(;´Д`)
http://muromachi.blog.jp/archives/1075819563.html
国の重要文化財にも指定されているこの文書は、第10代将軍の義稙
(但し1回目の将軍在職時の名は義材で、義稙という名は、2回目の将軍在職時から名乗るようになった名です)が
将軍職を更迭された「明応の政変」の後、細川政元らによって第11代将軍に擁立された義澄が、
源氏一門の氏神とされる石清水八幡宮に奉納した、自筆の願文です。
願意の筆頭に、憚る事なく堂々と、今出川義材(いまでがわよしき)、
つまり足利義稙の死去を挙げている事に、先ず驚かされます。
現将軍が前将軍の死を神仏に願うなど、鎌倉幕府や江戸幕府の歴代将軍間の関係ではまず考えられない事でもあります。
義稙の父である足利義視は、その邸宅の所在地から「今出川殿」と呼ばれ、
そのため義澄はこの願文で、義稙を「足利」ではなく「今出川」と記しているのですが、
そこには自分こそが足利家の正統であるという強い主張が込められており、義稙へとの強烈な敵愾心が感じられます。
ちなみに、願意の二つ目は、義稙の弟で醍醐寺三宝院の前門主・周台の死去、
3つ目は自らの威勢の伸張、4つ目は諸大名が上洛し自らの政権を支える事、5つ目は無病息災を願っています。