2021/04/05 (月) 19:38:42 ◆ ▼ ◇ [misao]そば切りの始まりは、天正(てんしょう)年間(1573~92)であるとされている。
一説によれば、江戸初期に朝鮮半島から渡ってきた僧の元珍が、南都の東大寺にきて、そばのつなぎに小麦粉を加えることを教え、
初めてそばでつくった麺ができあがったという。そば麺は、平たく伸ばした生地(きじ)を何枚にも畳み、
端から細くそば切り包丁で切ったので「そば切り」の名がある。
そば切りの技術は、奈良から木曽(きそ)路を経て江戸に入った。寛永(かんえい)(1624~44)の末ごろには辻(つじ)売りが現れ、
1664年(寛文4)には吉原で「けんどんそば切り」が売られ、18世紀初めごろには、そば店が江戸の町の各所にみられるようになった。
とくに、江戸末期には非常に多くのそば店があり、「更科」や「藪(やぶ)」の名のつく店が多数できた。
「更科」は江戸麻布(あざぶ)(港区)の永坂にできた「信州更科蕎麦所」と看板を掲げた店が最初で、
産地からの直接販売を売り物にしたのがはやり、江戸全体に広がったといわれる。
一方、「藪」のほうは、雑司(ぞうし)ヶ谷鬼子母神(やきしもじん)門前や本郷団子坂の藪蕎麦が知られ、
通人の通う所には「藪」が多いというところからきたという。