> 2010/04/05 (月) 13:10:41 ◆ ▼ ◇ [qwerty]> > してその心は
> 伏線の張りと回収に腐心してるだけの作家はプログラム的な美しい流れを作りたいだけで物語に生きるキャラクターを時に投げ出す
> 飯のシーンって基本的に不要の一言で済む場面なんだ
> もちろん飯の時の対話から生まれる伏線やその回収もあるけど
> 村上春樹や恋姫は基本的にわいわいやってるだけじゃん
> 物語本筋の仕掛けに沿わない飯シーンをいつ挟むかというTPOの感覚や何を会話させるか(本筋に関係なさすぎてもダメだし)。その分量は。
> ハウルだって飯のシーンが城について最初に来ていい感じだしナデシコだって映画は飯のシーンをする暇がないからアキトはラーメンのレシピを渡すのさ(ちょっとだけあるけどね)
> 司馬さんだって余談だが、って言って余談を始めるのがあるじゃん。あれみたいな感じ
ナデシコ劇場版のレシピのシーンは多感な時期に見たのもあってヅガンと来たよ
泣くような場面ではなかったので泣きはしなかったが
ルリの受け取れないとアキトの味覚がね…のやり取りでもうリアルにこんな顔(;´Д`)になってたと思う
参考:2010/04/05(月)13時05分01秒