>  2005/08/31 (水) 03:41:21        [qwerty]
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ある所に、つまらない少年が一人いた。
少年はかなりの馬鹿で、しかもプライドが高かった。
それゆえに少年は、自分がつまらない人間であることを理解できなかった。
うすうす気づいてはいたくせに、馬鹿特有の自己欺瞞を発動させ、自分を直視することから逃げ続けていた。何年も何年も。

唐突な展開で恐縮だが、そんなクズの結晶のような少年に、一体なぜなのか、どういう奇跡があったのか、恋人ができた。
しかも不思議なことにその相手は、大変に魅力的な少女だった。
また、それに加えて賢かった。高嶺の花が落ちてきた。分不相応とはまさにこのことを言う。
この不自然極まりない事実を前に少年は、あろうことか、ただ浮かれた。喜び狂って食いついた。
何も考えなかった。何も疑問に思わなかった。
蜜月の日々と言って良かった。優れた少女は劣った少年を愛した。劣った少年は優れた少女に夢中になった。
その優劣について、少女は触れなかったし、少年は気づいていなかった。それで二人は上手くいっていた。
数ヶ月の日々のうちに、二人の距離は、おおむね順当なステップで近づいていった。
ある日少年は、少女に数冊のノートを見せた。ノートは、これまで少年が書き溜めていた小説だった。少女はそれを読んでみた。
その内容は、一言で表すと『僕は特別です』というものだった。よほど勘の悪い者でなければ、そこに過剰な自意識が放つ腐敗臭を嗅ぎつけることができただろう。
凡庸そのものだ。少女がその悪臭に気づかない道理は無かったはずだ。しかし彼女は、顔をしかめたりはしなかった。
それどころか、レベルが低い上に書きかけばかりの中途半端な文章を、少女は丹念に読んだ。忍耐強く読んだ。欄外の無意味なつぶやきまで、一字一句残さず。
すべて読み終えてから、少女は言った。
「きみの考えていることは、すごく面白いとおもう。もっと読みたい」
少年はさらに浮かれた。

少女は、少年の頭の悪さにこそ目をつけ、愛した。
少年は頭が悪いので、現実を、自分にとって都合が良いようにしか解釈できなかった。
それは主に、自分の世界観から他人の価値観や意志を排除することによって成り立つ解釈だった。要は独りよがりだ。
その歪んだ解釈が生み出す、現実と認識とのズレ。
少女は少年が書いた文章を優しく褒めながら、それとなく方法論を混ぜ、そのズレを拡大する方法を少年に教えた。
ズレは少年の手により意図的に拡大されることで、正誤という評価軸とは無縁の価値を持つようになった。
少年の小説はクズだったが、少女の手により、ある程度好意的で波長が合う読者であればなんとか『読める』ものになっていったのだ。
しかしそれでも、少年が馬鹿であることには変わりはなかった。少年はそれが、すべて自分の手柄であると思い込んでいた。
少年は本当に馬鹿だった。初めて一作を書き上げただけで少年は、自分には才能があると思った。
その事を信じて少年は、小説をもっともっと書くようになった。
それまでは少女と会っていた時間も、小説を書くことにあてるようになった。そのくせテレビゲームはやめなかった。
繰り返すが、少年は本当に馬鹿だった。
少年は、自分が特別だと思った。自分は小説を書くために生きている人間だと思った。
そのために、少女が邪魔だと思った。自分の時間を占有するからだ。少年は自分のことしか考えていなかった。
しかもこの糞馬鹿野郎は、そのことを実際に口にした。少女に向かって。
「悪いけど、できれば、僕の足を引っ張らないで欲しい」
少女は顔を真っ赤にして、目に涙をため、しかし「ごめん」と言った。
少女は類まれな忍耐強さと寛容さを持ち合わせていたのだ。
それに対し少年は、呆れたことに、怒った。ただ相手を傷つけて責めたいだけの、ただ怒りたいがためだけの怒り。
一体なにをどうすれば、これほどまでに醜い人間ができあがるのか。
怒った勢いで少年が、具体的にどんなことを少女にしたのか、わざわざここに書くことはしない。

この話に一つ謎があるとすれば、こんな少年をなぜ少女は愛せたのか、だろう。
しかしそれは、脳が膿んでいる少年の知れるところではなかった。
少女は何度か少年に電話をかけたが、少年はその度に、拒絶した。しかも、言わなくてもいいことを言って、わざわざ相手を傷つけて。訂正する。
少年は馬鹿ではない。最悪だった。なおかつ大馬鹿だった。
少女は人並み外れて寛容だったが、さすがに人間だった。仏の顔も三度まで。
彼女は我慢の限界に達し、これまでで初めて少年を責め立てた。筋道立てて丁寧に、静かな口調で、少年の醜さや愚かさを並べ立てた。
それでも恐るべきは、少女が少年を責めながらもまだ、解決を考えていたことだろう。
少年の非を指摘しながらも『ではどうすればいいのか』というところまで語っていた。少女はとても前向きで、知的で、誠実だった。
だがしかし残念ながら、救いようのないことに、少年は、少女のその誠実さを上回るほどの大馬鹿だった。
少年は図星を突かれ、プライドを傷つけられたことに耐えられなかった。自分が言い返せないのが分かると、悪態をついてその場を立ち去った。
少年は、少女から逃げ出したのだ。
そのとき少女は、どのくらい情けない気持ちになったのだろう。
もちろん少年はそんなことを想像できない。なぜなら馬鹿だから。

個人的に、彼は死んだ方がいいと思う。だが彼は死んでいない。
今ものうのうと生きている。
そしてつまらないものを作っては、一人で悦に入っている。

参考:2005/08/31(水)03時38分27秒