「どうだね、斎藤君。キミも」 そういって差し出された櫻井の酌に千和は手の平を突き出し、静かに言った。 「いえ、ありがたいのですがお気持ちだけ。それに櫻井さんもそれ以上飲まれない方が宜しいかと」 「オイオイ気を遣ってくれるのは嬉しいが、私はこう見えて───」 身体を揺すって笑う櫻井の表情が次の千和の一言で崩れる。 「喧嘩に負けた言い訳にでもなれば三流もいいところでしょうから」 「ほォ」 それは羽丘芽美がセイントテールに変わるかのような静かな、そして深い眼光であった。 「シェーラ以来のブランクに期待しているのかね?」 「まさか。『痩せ狼に射る弓無し』と言うでしょう」 「ハハハハ、それを聞いて安心したよ」 30分後、居酒屋を出た二人は少し離れた駐車場で向き合っていた。 他に誰の気配もない深夜のリング。頭上の月だけが立ち会い人であった。 (月刊『秘伝』 連載「猛禽の咆吼(こえ) -斎藤千和伝-」より)