> 2012/06/13 (水) 01:06:25 ◆ ▼ ◇ [qwerty]> > 商品性という意味ではそれで間違いないと思うよ
> > でも芸術という言葉は商品性とは相容れる必要がないからなあ
> > 世間のほとんどに理解されなくても芸術は芸術としての価値はもてるよ
> > ただ日本国内では芸術ということばが一般的には商品性と結びつけられる。そういうふうにしてジブリ等売ってきた過去があるし
> > そのまま市井まで価値観と言葉の意味が固定されちゃったね
> 商品性つうか資本の論理つう視点からはまったく同意
> ただ留意すべきは
> 浮世絵だろうが漫画だろうがアニメだろうが
> そして現代においては芸術と解されているものの多くが
> 最初は市居の大衆の娯楽として生じたものなので
> そういう意味で世間蔑視や大衆蔑視の姿勢は反芸術的だと感じるんです
おい深海煽ってドコモ弾きにシた奴、マジで殺してやる
でてこいよ。てめぇ何が楽しいんだよぶっ殺すぞハゲが。死ね。オフしろ。殺してやる。
以下は俺がさっきからスマホで寝ながらレスしてたけど弾かれたからPC立ち上げなおして書きなおした文章です
かつてから大衆の娯楽であった、というのはわかります
(江戸時代に浮世絵に触れられた人間なんて都心の一部で、大多数の地方民はただの百姓として生涯を終えたとは思うけど)
しかしですね、源氏物語の時代なんてのは文字を扱えること自体が選ばれた人だけだったわけでやはり大衆性と芸術というのは最初から(は)大きく離れていたとおもいますね
これ(近現代の大衆娯楽)を指して僕の先生はポルノだといいましたね。芸術とは違い、受け身にさせるだけの快楽装置なのだと
ここからは僕の補足ですが、というかナボコフの引用ですが、良き芸術とは良き読者によって生まれるわけです
芸術とはアカデミックなものだと言えば話は早いかもしれません。面白いかどうかですらないのです
なんとか技術の例えでいえば、イオン交換膜なんてのは1845年に土壌での実験で確認されていたもののどうしようもなかったわけですよね
それが百年近くして応用されて実用されだしたわけです
この発見こそ、発見だけが芸術であると思うのですよ。応用するというのが読者の立場、もしくは売れる作品を作る人なんだと、そう僕は思います
まぁこれには少し誤謬があって現代の芸術なんてのは発見なんてものはなく
これまでにあった何かの解釈や視点の違い、もしくは複数の引用(プログラムでいうところのサブクラスですね)による構成の差しかないんですけど
参考:2012/06/13(水)00時38分49秒