例えばある声優がいたとしよう。 自分の部屋でその人をいくら応援しようが、キャラの抱き枕で身モダエしようが、本人の勝手である。 マスメディアに乗って部屋までやってくる声優という存在には、実体がない。 そんな中においては、自分自身の存在もまた、実体を失っていく。 だがイベントなどで実際に声優が現われたときにも、部屋と同じ反応を返してしまうと問題がある。 通常であれば、いつも見慣れている虚像が実体化した状態において、 自分自身も実在の人間であることを意識しなければならない。 すなわちイベント会場という公共の場において、自分と同じく生身の人間がたくさんひしめき合うからには、 お互いが快適でいられるような配慮が必要なのである。 だが目の前の対象物が、マスメディアに乗った偶像から実像にチェンジしても、自分のほうが実像化できないのである。 実体がなく精神的な存在であるならば、トランス状態に移行するのはたやすい。 その状態が、実体のある冷静な視点からは、キモいのである。