あるときなんて、向かいの部屋の人がね、壁に両足をあげたまま、ぐたっとしてたりするわけ。早稲田か東大の学生だったかな。 「何してるんだ」ってきいたら「足がむくんでだるいから」と。ちょっと見せて見ろってんでみたら、栄養失調で脚気になってしまってんの。 「ちょっと待ってろ」ってそいつに言って、池袋に行って、パンを買ってきてやってね。当時、三十円か五十円で結構な量の フランスパンが買えたんですよ。そいつはそのパンを夢中でもぐもぐ食べてね、「あああ、生き返った」って。 そしたら、そいつが言うに、「なんか困ったことがあったら、今度は俺を呼べ」ってね。腕力ではそいつ自信があったわけ。 それからなんて、用心棒付きで暮らすみたいだったよ。たとえば俺の部屋で友達が、わーっと騒ぐじゃない、するといきなり、ぐわーっと戸が開くわけね、 「なんかあったか」って。おもしろかったね、あの下宿生活というのは。