捕虜百人か2百人かに1人の割合で,日本兵がつき添つてゐるのだが, 彼の顏はくすぐつたさうな當惑に滿たされてゐる.勝利の快感が彼を滿足 させてゐるにちがゐないが,彼は,今度こそはお目にかかると思つたアメ リカ兵が,あまりにも莫大の數で,自分がその洪水の中に流されてゐる木 片ででもあるやうなのが,なんとなく照れくさいのである. 彼は米兵の肩くらゐまでしかない.おまけに,陽に灼け,軍服も帽 子も埃と汗でぼろぼろ,軍靴も口をあけてぱくついてゐる.すこしも汚れ てゐない米兵の垢拔けした服裝の中にまじると,まるで,乞食だ. しかし,彼は今や勝利者として絶對の權力を持つてゐる.巨大漢の 群集は矮小な日本兵の自由になる. 危險な優越感がかういふときに人間を歪めるのである. 戰爭の中には正義も人道もありはしない.ただ強弱と勝敗があるだ けだ. それは絶對のものであつて,戰場のデカダニズムの最大の要素とな る. 「おい,歩け歩け」 といふとき,1等兵は將軍のやうな氣持だ.