> 2006/04/16 (日) 11:33:10 ◆ ▼ ◇ [qwerty]> > それって自分1人の中の話じゃん(;´Д`)どっちかっていうと
> > そうじゃなくて「たくさんの人々がそういう状況で自分の思いから行動し互いに関係すること」
> > そのものから不可避的にいざこざが生じるように思える感じ
> > っていう信仰というか現状認識というか(;´Д`)他人に寛容になれるよ。もどかしくもある
> さっきいってた構造から受ける圧迫どうこうっていうのは
> その不可避的ないざこざなのかいヽ(´ー`)ノ
圧迫じゃないんだけどね(;´Д`)本当は
圧迫というと外的な何かを想定してそこからの圧力が加わる感じなんだけど
ここでの何かはあくまで構造っていう抽象的な概念だからちょい違う感じ
「自分の思いから行動し互いに関係すること」そのものが持ってる特性かなぁ(;´Д`)
そういうのを所与のものとして捉えて(語彙の少ない俺は構造って言ってる)
そこからの圧迫と言ってみてる。身内のいざこざから帰納的に考えた
例えば、祖母とおばと父親がいて、
祖母は戦前の生まれで比較的裕福に育ってわがままで浪費癖があるがそれが病的とは言えない感じ
おばは祖母を敬いつつ、その敬慕が普段あまり接していないから生じているものに過ぎなく、
普段面倒を見てやれない罪悪感を滅却するために祖母をちやほやしてる
父親は祖母と同居してるから日常的に祖母のわがままを聞いてやることになって、
同居している限りにおいて通常ありうる悪口や小言をいったり叱ったりする
どれも想定できる普通の行動だけどこれがまずく組合わさると身内のいざこざが起きる
祖母は父親の小言の愚痴をおばに言う。おばは罪悪感から愚痴を真に受ける
おばと父親が通常想定出来る程度を凌駕してその関係が悪化する
でも誰が悪いってのは言いづらいんだよね(;´Д`)これに財産がらみが加わると拍車がかかる
参考:2006/04/16(日)11時23分32秒