>  2006/04/16 (日) 22:25:21        [qwerty]
> > 田村さんは天才だなぁ(;´Д`)
> 孤高の天才な

孤高。それは、昔から下手なお世辞の言葉として使い古され、そのお世辞を奉られている人に
お目にかかってみると、ただいやな人間で、誰でもその人につき合うのはご免、
そのような質の人が多いようである。そうして、その所謂「孤高」の人は、やたらと口をゆがめて
「群」をののしる。なぜ、どうしてののしるのかわけがわからぬ。ただ「群」をののしり、
己れの所謂「孤高」を誇るのが、外国にも、日本にも昔はみな偉い人たちが「孤高」であった
という伝説に便乗して、以て吾が身の侘びしさをごまかしている様子のようにも思われる。

「孤高」と自らを号しているものには注意をしなければならぬ。第一、それは、キザである。
ほとんど例外なく、「見破られかけたタルチュフ」である。どだい、この世の中に、
「孤高」ということは、無いのである。孤独ということは、あり得るかもしれない。
いや、むしろ、「孤低」の人こそ多いように思われる。

私の現在の立場から言うならば、私は、いい友達が欲しくてならぬけれども、誰も私と
遊んでくれないから、勢い、「孤低」にならざるを得ないのだ。と言っても、それも嘘で、
私は私なりに「徒党」の苦しさが予感せられ、むしろ「孤低」を選んだほうが、それだって
決して結構なものではないが、むしろそのほうに住んでいたほうが、気楽だと思われるから、
敢えて親友交歓を行わないだけのことなのである。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1605_18109.html

参考:2006/04/16(日)22時21分55秒