第2次世界大戦の戦勝国が日本との平和条約草案を作成していた1951年4月27日、米国務省に送った文書で 対馬の領有権を主張した。 同文書によると、韓国はサンフランシスコ講和条約草案の「領土」部分に言及し、「韓国は正義が恒久的 平和の唯一の基盤という断固たる信念で対馬の領土的地位について完全なる検討を要請する」とし、 「歴史的にこの島は韓国の領土であり、日本によって強制的、不法に占領された」と述べた。 しかし、米国側は「対馬は日本が長期間にわたり完全に統治しており、平和条約は対馬の現在の地位に 影響を及ぼさない」と答え、韓国の要求を拒否した。