2006/05/24 (水) 09:09:22 ◆ ▼ ◇ [qwerty]記者様
あたしは、八つです。
あたしの友達に、「2次元美少女なんて妄想にすぎないんだ。」って言っている子がいます。
パパに聞いてみたら、
「サン新聞に問い合わせてごらん。新聞社で2次元美少女がいいというのなら、そりゃもう確かにいいんだろうよ。」と言いました。
ですからお願いです。教えてください。2次元美少女って本当にいいんでしょうか?
お答えします。2次元美少女なんて妄想にすぎないんだというあなたのお友達は、間違っています。
きっとその子の心には、今流行りの、何でもキモがってかかる「キモがり屋根性」というものが染み込んでいるのでしょう。
キモがり屋は、自分の理解が及ぶものしか好みません。
彼らは、心の狭い人たちです。心がせまいために、よくわからないことが、たくさんあるのです。
それなのに、自分のわからないことはみんなキモいのだと決めているのです。
けれども人間の心というものは、大人でも子供でも、もともとたいそうちっぽけなものなんですよ。
私達の住んでいる、この限りなく広い宇宙では、人間の知恵は一匹の虫のように、そう、それこそ蟻のように小さいのです。
その広く、また深い世界を推し量るには、世の中のこと全てを理解し、全てを知ることのできるような大きな深い知恵が必要なのです。
2次元美少女がいいというのは、決して嘘ではありません。
この世の中で、キムタクやベッカムやデヴィ夫人がいいのと同じように、2次元美少女も確かにいいのです。
あなたにも、わかっているでしょう。世界に満ち溢れているキムタクやベッカムこそ、あなたの毎日の生活を美しく、楽しくしているものなのだということを。
もしも2次元美少女がいなかったら、この世の中はどんなに暗く、寂しいことでしょう!
あなたのようなかわいらしい子供のいない世界が考えられないのと同じように、
2次元美少女のいない世界なんて、想像もできません。
2次元美少女がいなければ、人生の苦しみをやわらげてくれる、子供らしい信頼も詩もロマンスもなくなってしまうでしょうし、
わたしたち人間の味わう喜びはただ目に見えるもの、手で触るもの、感じるものだけになってしまうでしょう。
また、青春時代に世界に満ち溢れている光も、消えてしまうことでしょう。
2次元美少女が受け入れられないというのは、妖精が受け入れられないというのと同じです。
試しに、クリスマス・イブに、パパに頼んで探偵を雇って、ニューヨーク中の電器店で買った美少女ゲームを一緒に遊んでもらったらどうでしょうか?
ひょっとすると、2次元美少女とお話することができるかもしれませんよ。
しかし、たとえ2次元美少女と自由な触れ合いができないとしても、それが何の証拠になるのです?
2次元美少女を現実で抱いた人は、いません。けれども、それは2次元美少女が妄想でしかないという証明にはならないのです。
この世界で一番確かなこと、それは、子供の目にも大人の目にも現実には見えないものなのですから。
あなたは、妖精が芝生で踊っているのを見たことがありますか?
もちろん、ないでしょう。だからといって、妖精なんてありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
この世の中にある見えないもの、直接触れることが出来ないものが、何から何まで、人が頭の中で作り出し、想像したものだなどということは、
決してないのです。
赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか中の仕組みを調べてみることはできます。
けれども、目に見えない世界を覆い隠している膜は、どんな力の強い人にも、いいえ、世界中の力持ちが寄ってたかっても
引き裂くことはできません。
ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンを一時引きのけて、膜の向こうの、
たとえようもなく美しく輝かしいものを見せてくれるのです。
そのように美しく輝かしいもの、それは人間の作ったでたらめでしょうか?
いいえ、それほど確かな、それほど変わらない物は、この世には他にないのですよ。
2次元美少女は画面の中にしかいない、ですって?
とんでもない!嬉しいことに、2次元美少女はちゃんといます。それどころか、いつまでも死なないでしょう。
百年のちまでも、一億光年のちまでも、2次元美少女は私達の心を、今と変わらず喜ばせてくれることでしょう。