1958年4月 香月弘美 1958年4月1日午後6時半頃、旧宝塚劇場で行われていた花組4月 公演「宝塚春のおどり・花の中の子供たち」の公演中、月組の香月弘美 が死亡した。 せり出し装置───舞台下から出てきたり、逆に舞台下に消えてゆく 仕掛け───のシャフトに彼女が着ていた衣装の裾がはさまれ、 スカートを広げるために衣装に仕込まれていた薄い鋼のベルトによって 胴体を切断されたのだ。 ご存じの方も多いとは思うが、せり出し装置の動く速度は、 それほど速いものではない。 その、じわじわとしたスピードで死につつある恐怖は、 尋常の物ではなかったであろう。 鮮血に染まりながらゆっくりと胴体が切断されてゆく様を、 ただ黙って見ている事しかできなかった相手役・松嶋三那子は ショックで数日間失踪したという。 皮肉な事にこの日の香月は「代役」であった。風邪をこじらせた同期生 (日夏友里)に休演を勧め、その代わりを自ら買って出ていたのだ。 その装置は途中で止められないのか(;´Д`)あわわわ