>  2006/09/13 (水) 05:36:26        [qwerty]
> > ああ、つまり貴殿は演繹法も帰納法も理解してないってことですね
> > 演繹とは1+1=2なのは現実の物体を一つと一つを組み合わせたら二つになったにすぎない、っていうことですね
> > 演繹が真になることは証明できるんで、まぁそれはここら辺でも見てください
> > http://www.ne.jp/asahi/village/good/DeductionT.htm
> > で、「俺の言ってることが蓋然性しか持たない」のくだりのところはちょっと理解できないので
> > もしも可能であるならば説明をお願いしたいのですが、まぁしなくてもいいです
> > 帰納法から出来ていないってのも、貴殿がそもそも帰納法を理解してないからそんなことが言えるんで、
> > 帰納法の説明はもうしたんでそれで理解できないのならあとは自分で考えてくださいとしかいえませんね、もうすごく面倒なので
> > で、えーと、負荷性の問題ですか?
> > 演繹法が真であるんだからその演繹が間違ってなければそれは真なんですよ
> > 公理が与えられればそこから自然と定理は出てくるでしょ?
> > そんな感じですね
> > ただし、帰納法はそうは行きませんね
> > そう、そのとおり、帰納法からは真の結論は導かれないからです
> > いくら修正したところで必然性は当然得られませんよね
> > で、グルーの問題?
> > えーと、区別できたとしても問題はないと書いてあるのに、読めないんですか?
> > それともわざとですか?
> > おたくさんの要求は何ですか?
> > 僕だって対等なやり取りを望んでますけど、こうまで理解してないといい加減ちょっとうんざりなんですよ
> ねえふざけてるの?(;´Д`)グルーだけど
> 結局これは新たに何か別の見方が現れたときにそれと比較して
> どうなるかという問題でしかないよ
> 区別できたとしても問題ないならどうしてそもそもグルーが話題になる必要があるの?
> 

えーと、どうなるか、ではなくて、ちょっと前にも説明しましたが、帰納法的な結果はその述語に依存してるってことなんですよ
演繹法の場合はですね、真偽が確定できるんです。仮に自分の思い込み通りの結論を出そうと、
その結論が間違ってるか正しいかってのを検証できるんですが、帰納法の場合はね、できませんと、
もともと必然性なんかない論法なんですから、その結果は単に負荷性に基づいた結果でしかないと、
つまり、そういうことなんですね
いいですか?別の見方がどうとかね、そういう話じゃないんです
理解できましたか?理解できないのなら、聞いてもいいですけど、一回自分の頭を空っぽにした上で、
そして何度も考えた上で聞いてくださいね?

参考:2006/09/13(水)05時31分11秒