>  2006/10/18 (水) 04:20:19        [qwerty]
> > ・排除した可能性がある
> > ・排除したことを示唆するシーンは作中にどこにもない
> 書いたとおりだよ(;´Д`)
> 当時のスタンダードからすると入れるのは恐らく非常に自然なことだったんじゃないかな
> もちろん同意する人もしない人もいるだろうけど
> 当時の標準に乗って作ってしまってもよかったはずなんだ
> > ということは結局受け手の完全な推測でしかないわけで
> > 例えば排除していた場合に名作なのだとしたら
> > 排除したことを示唆することが出来なかった時点で作者は構成意図を視聴者に
> > 伝えることができていないしそうでなかった場合については元の評価のままだ
> 排除を示唆してもしょうがないんだよ
> 便宜上、貴殿の言うように作者の意図が実現されていることが重要というなら
> 排除したことで何らかの効果が得られることが重要なのであって
> 受け手が気付くかどうかは問題ではない
> もちろん作者の意図を考えずとも
> つまりある欠落、排除が作者の意図によらなくても
> 結果的によい効果が出ていれば作品としては成功だ
> > ということが言いたかった
> > 要するに後から視聴者が本来もしかしたら作者が意図していたかもしれない
> > 意図に気付くことが出来てもしそうであれば素晴らしい作品だったとしても
> > 結局それを伝えることが出来なかった時点で駄作だし
> > 勝手な妄想で盛り上がってるに過ぎないよ
> 気付く云々は書いたとおり
> デブさんが意図していようがどうだろうが駄作は駄作、名作は名作
> 貴殿がつまらないと思えばそれだけのことでしかない
> 多分貴殿らは意図したかどうかというのを非常に評価してるから
> そう言うんだと思うけど別に大したことではないと思うんだよ(;´Д`)
> 漏れ自身は意図したものだろうとは思うけれど

あーなんか自分の言ってることだんだんズレてるなあ確かに(;´Д`)
1)受け手に対して意図して伝えられていない演出に対して
 構成者を評価するのはおかしい
2)構成者が意図していなくても偶然受け手に対して好ましい構成に
 なっていた場合それは(その受け手にとって)作品として名作となりうる
3)後から受け手が(妄想の範囲での)解釈の可能性を提示して
 それを根拠に作品の評価を変更するのは勘弁
で最初に問題にしてたのは3)で俺が途中で混ぜちゃったのが1)で2)の認識は
共通だったんだけど受け手としての認識が俺と貴殿で違ったって感じだと思った

参考:2006/10/18(水)04時08分01秒