2006/10/29 (日) 13:43:00        [qwerty]
「何だよ、構うなよ、面倒なんだ」
奴がそういったので、無言のまま角材で殴りつけると
ちょうど耳の上に直撃した。
耳はキレイに削げ落ち「いってえ、痛ぇよ」とのたうち回る彼。
それは俺だ、25歳くらいだろうか、丁度やさぐれていた時期だ。
みっともなくのた打ち回る彼を更に数十回殴りつけ、殺した。

「あら、ずいぶんな事するのねえ」
俺が手に持っている俺の頭部を見て
前に並んでいた40代後半くらいの婆が俺に語りかける。
「仲良くしなさいよ、私たちみたいに」
そういうのは16くらいの女の子だ。
良く見ると彼女達もまた同一人物。
「気持ち悪いんですよ、不愉快なんです」
そういう俺に、半笑いの表情で肩を竦めてみせる婆。
女の子は呆れ顔で婆と顔を見合わせている。
「同一化するんですか?」
彼女達にそう尋ねると同じタイミングで二人とも頷いた。
「やっぱ若くないと生き辛いでしょ、このご時世」
「私は年取りたくないけど経験が欲しいのよ、舐められるからね」
それぞれそういうと不安げな表情で押し黙る二人。
「何歳になるんですか?」
「32よ、私が47歳で、こっちが17歳だから」
「一気に老けるわ、やんなっちゃう」
「もう一人ぐらいいないんですか?10歳くらいの」
「殺したわ、あんまり腹が立って」
「人の事言えないのよねアハハ」
それっきり、二人との会話は途絶えた。

「ハイ、次ぎの方どうぞ」
二十代中盤だろうか、やけに老獪な目をした係員だ。
前に出た俺を見てにこやかに話しかける。
「同一化ではないですね?自分探しですか?」
「そう、30代後半から40代前半の俺を探している」
そう告げると、彼は自分の机の上にあるコンピュータに何か打ち始めた。
「ああ、もうダメですね、全滅です」
コンピュータのディスプレイから目を離さず、彼はそう言った。
「いつ?」
「先週ですね、36~40までは同一化した後に
 40~43は独立したまま、16歳のあなたに殺されています」
「どこで?」
「山形です、山形の鶴岡ですね」
温泉に入りに行ったのだろうな、と俺は思った。
「それで、結果は?」
「強制同体は為されてませんね、消えてます」
「16歳は今どこに?」
「三日前に宮城にいたようです
 それ以降は不明」
そう告げる係員の視線は、俺の“持ち物”に向けられている
「で、どうしますか?それ」
「目だけ取っといてくれ、後は廃棄で構わない」
「はいよ、小松さん、これ」
小松と呼ばれた看護婦が、半分腐りかけた
“俺”の頭部を持って建物の内部に消えた。
「いくら?」
「2万6000円ですね、保管料と情報量込みです
 お支払いはあっちのカウンターでお願いします」
請求書を受け取り、支払いを済ませる。
外に出ると秋の夕焼けだった
無闇に光度の高い、体を射るような夕日。

世界がこうなったのは半年前の事だ。
何かがあったのか、あるいは予めそうなるものだったのか
原因は全く謎のまま、世界中の人間一人一人に“自分”が増えた。
“自分”と言ってもそのままのコピーではなく、年齢が一歳づつ違う。
つまり32歳の俺と16歳の俺、60歳の俺が、同一の時間に存在している状態が今だ。
当然、世界は大混乱をきたし、誰しもが情況を理解できぬまま静かに崩壊した。
人口が爆発的に増え、世界は人で溢れたが
情況を理解できぬまま“自分で自分を殺す”自分同士の殺し合いが始まったのも直ぐだった。
そしてそれが落ち着いた頃には、世界は奇妙な安定状態に入った。

「あ、お帰り」
家に帰ると、音子が夕飯を作っている最中だった。
「さっき佐藤さんが来たよ、後で顔出せって」
「ああそう、元気そうだった?」
「なんか落ち着きが無かった」
「最近いつもそうだよ、若いところばかり食いすぎた結果さ」
「その割に体は大人だよね」
「74歳と85歳の自分と同化してるからね。経験が欲しかったんだろうけど
 ボケ老人だったんだな、精神的にはかえって退行した、」
「どういう判断だったんだろ」
「根が馬鹿だから後先考えてないんだろうさ」
うふふ、と音子が笑う、彼女は21歳で佐藤と結婚しているのだ。
ここにいるのはその前の、まだ俺と付き合っている頃の
16歳の彼女だった。
「ご飯食べるの?どうする?」
彼女はそう言いながら冷蔵庫を開け、何かを探している。
「自分で作るよ、お前の飯は不味いからな」
ムッとしたような顔で俺を見る音子。
彼女にはこの手の冗談が通じない、もっと朗らかに流してくれれば
それ以上に会話が弾むハズなのだが、真に受けて黙り込む。
そういう女の子だった、15年前の俺と、今の俺、彼女に話しかける事は一緒で
彼女の反応も一緒で、だから多分、こうやって彼女と暮らせている。
佐藤と暮らしている21歳の音子はどうだろうか、この会話をサラッと
流してしまうだろうか、それとも同じように黙り込むだろうか。
自分で調理した食事を盛り付けながら、音子は泣きそうな顔をしている。
小さく燻ったオレンジ色の夕日が、台所の曇りガラスの向うで消えかかっていた。