2006/11/25 (土) 15:11:09        [qwerty]
私がもやい綱を解いておくように肉の奴に言いつけてから10分ばかり経ったか。
一応説明しておくと、肉とは例のヒトミちゃんの事だ。
いつでもエンジンを始動できるように、私はデッキに様子を見に行ったが綱はまだ杭に
留められたままだった。
なんという事だ。私は仕事には入念に準備をし、充分な余力をもって取り掛かる事に
している。それが気骨のある声優ってもののあるべき態度だからだ。
私はキャビンに戻ると機関室の方に向けて叫んだ。
「おい、この肉だま野郎!いるか!」
奴はキシキシとウォーク材の床を鳴らして梯子に近づいてきた。
「なんだい、だんな。エンジンはもうちょっと掛かるぜ」
「なんだじゃない、豚め」
私が睨むと奴はおどおどして目線を泳がせた。
「もやい綱がまだ解かれてないぞ。あのまま出航する気だったのか!」
「私はお嬢に言っといたんですがね。そりゃあ、あの野郎のミスですよ」
そう言って肉がデヘヘと、はにかんだ。まったく腹立たしい笑顔だった。
「俺はお前に行ったんだぞ。いいか、何一つとして、俺の手順を狂わすんじゃない」
肉の奴め、しばらくは憮然とした表情をしていたが、仕事に戻るように言うと
言い訳がましく愛想笑いを浮かべてからエンジンの方へ戻っていった。
奴め、あの体格で弁側からクランクまで腕が入るのだろうか。ボルトをナットに通せるのか、それすら
怪しいものだ。
私は一度甲板に出て、後部船室の戸を開いた。思ったとおり、あのクズ野郎が寝転がってやがった。
酒瓶を抱いて、まるで赤ん坊みたいにうっとりとして。
「起きろ。このろくでなしのフウテンめ」
私がその伊藤静の足を蹴った繰り、椅子から引きずり降ろすと、ようやく薄く目を開いた。
「なんだい、オンブレ。いい気分だったのに」
奴は寝惚けきった声で、恨めしそうに呻いた。私も怒鳴った。
「うるさい!このアル中のポンコツめ!
  海に放り出されたくなかったら、今すぐ顔を洗って人並みになって来い!」
私はこの時、この阿呆をすぐにでも海に叩き込むべきだったのだ。全く余計な問題を抱えて、
仕事をせねばならなくしてしまった。